「戦争テナー」 ― 2011/08/16 10:04
《ワメ的ブンカ大評論》
「戦争テナー」
えー、先日、慶応義塾OB連主催の「シニア・エージ」なるセミナーで、大東亜戦争中の文化映画「戦ふ少国民」を見た。昭和19年、ニホンが圧倒的に不利な状態になった時に、「軍事保護院」が、「電通映画社」に撮らせた、国民の精神高揚を狙う国策映画。横浜市の西前小学校を舞台に、軍人、校長などオトナが、少国民にハッパ掛ける情況が、そのままフィルムに残されている。これを現在の小学生に見せて、感想・意見を募って「戦争を語り伝える」運動の一環とするのが、そのヒトツの目的。
その社会的価値についての論議はナンヤカヤあるだろうが、この欄でワメが指摘したいのは、映画自体の評価からは、いささか外れた部分。
軍人、校長のコワ張った訓示、それに一糸乱れず呼応する小学生、そのスベテの声が、異様に甲高いことに気付いたのや。かのヒットラーの演説の声調も、たしか異様に高かった。これは全体主義ニンゲンに共通する極度の緊張が生み出す躁病的生理現象ちゃうか?
「海ゆかば」なる歌がある。昭和12年(1937年)万葉集大伴家持の詞に信時潔氏が作曲、オモテムキ軍歌ウラ鎮魂歌として、戦時中NHKラジオから度々流された国民歌。名曲中の名曲。日本語を、こうも美しく扱ったウタは滅多に無い。いろいろなヴァージョンがあるが、中でも印象的なのは、1940年(昭和15年)4月にポリドールから発売された、奥田良三のテナーによる「海ゆかば」だ。原曲のC長調をE♭長調に上げて歌っている。ヴィブラートのよく効いた甲高いひびきが、当時の日本国民の、国難に立ち向かう張りつめた心情を、見事に表現している。
「海ゆかば」の与える感情のスパンはヒジョーに広い。ニンゲンのココロの奥底のテツガク的諦観から、好戦的昂揚感まで。まァ、甲高いテナーに乗ると、悲愴感が美しく屹立して来るのやねん。しかしこの歌、本来は抑制された深い感情をもたらすウタなのや。これを器楽で奏する時、チェロが用いられることが多いのが、それを示している。
あまり知られていないが、「きけわだつみのこえ」の戦没学生の手記の一本が「美しい虚構」なるタイトルで劇化され、それを渥美清が朗読し、そのBGMに使われた「海ゆかば」の最後の部分「大君の辺にこそ死なめ、かえりみはせじ」を自分で歌っているCD版がある。これは逆にキーを下げてA♭長調。テナーの緊張した悲愴感とは対照的に、まさに寅サン風、平和庶民的歌いぶりがオモシロイ。
今、想い返してみると、戦時中の日本人は、大臣の演説、NHKアナウンサーのニュース読む声、ラジオやレコードの軍歌まで、みな甲高かったように思う。さよ、あのピーカンの8月15日に日本中に流れた昭和天皇の声も、ウツロに甲高く響いた記憶がある。
戦後も、「リンゴの歌」から「青い山脈」あたりに至るまで、響きの高い感じの歌が多かったような気がする。
それが、フランク・永井が代表する低音歌手が出てきた昭和30年代初め頃、オーディオ機器の性能向上もあるが、あの甲高い「戦争声」の時代から、ようやく安らかな「平和声」に辿り着いたという感じがするのやねん。
これは思い付きに過ぎない。イロイロな例を検証してからケツロン出さねばなるまいが、国策映画「戦ふ少国民」を見て、戦争のテンション=甲高い声、平和のやすらぎ=低音声、と言う対比がワメの粗雑なアタマにヒラメイたのや。どんなもんでっしゃろか?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ハナシ逸れるが、CMの世界でも、時折、低音ブームが訪れる。ワメも50年間に何回か、意識的に低音を他CMとのセグメント手法として使ったことがある。大方は男声カルテットのバス担当者にタヨった。例えば、資生堂の男性用化粧品MG5のロゴは、常打ちカルテット、デューク・エイセスのバス、牧野サンの地下3階にまで届きそうに「MーGーファーーーイヴ」とグリスダウンする声で印象を強めたのや。
CM以外でも、和田誠サンと作った「オフオフ・マザーグース」60曲中の一曲「雨」で、岡村喬生サンはトドメの低音Dを、アドリブでオクダーヴ下まで届かせてしまった。逆に「すっからかん」を歌った中島啓江サンはトドメの高音Cをオクターヴ上までハネ上げた。ドッチも鍛練された声帯が演出する一種の音楽サーカス。これも音楽のコタエラレナイ魅力のヒトツ。
それから、毎春の恒例、宮中歌会始めで朗唱される宮家男声団の「君が代」もスゴイ。「キミガーアヨーオハー」と一節づつ母音を延ばし、折り曲げ、区切りながら、4度づつ音程を下げて行き「コ-ケ-ノームースーマーアーデー」は、冥界に到達した幽けさの底で結ばれるのや。これも一遍聴いたら忘れられない低音の世界やねん。
考えて見ると、メロディとは別に、ウタには、その音域が持つ独特のブンカ領域があるのやねん。高音→戦争、低音→平和、と言うのはあまりにも単純すぎる対比だが。
「戦争テナー」
えー、先日、慶応義塾OB連主催の「シニア・エージ」なるセミナーで、大東亜戦争中の文化映画「戦ふ少国民」を見た。昭和19年、ニホンが圧倒的に不利な状態になった時に、「軍事保護院」が、「電通映画社」に撮らせた、国民の精神高揚を狙う国策映画。横浜市の西前小学校を舞台に、軍人、校長などオトナが、少国民にハッパ掛ける情況が、そのままフィルムに残されている。これを現在の小学生に見せて、感想・意見を募って「戦争を語り伝える」運動の一環とするのが、そのヒトツの目的。
その社会的価値についての論議はナンヤカヤあるだろうが、この欄でワメが指摘したいのは、映画自体の評価からは、いささか外れた部分。
軍人、校長のコワ張った訓示、それに一糸乱れず呼応する小学生、そのスベテの声が、異様に甲高いことに気付いたのや。かのヒットラーの演説の声調も、たしか異様に高かった。これは全体主義ニンゲンに共通する極度の緊張が生み出す躁病的生理現象ちゃうか?
「海ゆかば」なる歌がある。昭和12年(1937年)万葉集大伴家持の詞に信時潔氏が作曲、オモテムキ軍歌ウラ鎮魂歌として、戦時中NHKラジオから度々流された国民歌。名曲中の名曲。日本語を、こうも美しく扱ったウタは滅多に無い。いろいろなヴァージョンがあるが、中でも印象的なのは、1940年(昭和15年)4月にポリドールから発売された、奥田良三のテナーによる「海ゆかば」だ。原曲のC長調をE♭長調に上げて歌っている。ヴィブラートのよく効いた甲高いひびきが、当時の日本国民の、国難に立ち向かう張りつめた心情を、見事に表現している。
「海ゆかば」の与える感情のスパンはヒジョーに広い。ニンゲンのココロの奥底のテツガク的諦観から、好戦的昂揚感まで。まァ、甲高いテナーに乗ると、悲愴感が美しく屹立して来るのやねん。しかしこの歌、本来は抑制された深い感情をもたらすウタなのや。これを器楽で奏する時、チェロが用いられることが多いのが、それを示している。
あまり知られていないが、「きけわだつみのこえ」の戦没学生の手記の一本が「美しい虚構」なるタイトルで劇化され、それを渥美清が朗読し、そのBGMに使われた「海ゆかば」の最後の部分「大君の辺にこそ死なめ、かえりみはせじ」を自分で歌っているCD版がある。これは逆にキーを下げてA♭長調。テナーの緊張した悲愴感とは対照的に、まさに寅サン風、平和庶民的歌いぶりがオモシロイ。
今、想い返してみると、戦時中の日本人は、大臣の演説、NHKアナウンサーのニュース読む声、ラジオやレコードの軍歌まで、みな甲高かったように思う。さよ、あのピーカンの8月15日に日本中に流れた昭和天皇の声も、ウツロに甲高く響いた記憶がある。
戦後も、「リンゴの歌」から「青い山脈」あたりに至るまで、響きの高い感じの歌が多かったような気がする。
それが、フランク・永井が代表する低音歌手が出てきた昭和30年代初め頃、オーディオ機器の性能向上もあるが、あの甲高い「戦争声」の時代から、ようやく安らかな「平和声」に辿り着いたという感じがするのやねん。
これは思い付きに過ぎない。イロイロな例を検証してからケツロン出さねばなるまいが、国策映画「戦ふ少国民」を見て、戦争のテンション=甲高い声、平和のやすらぎ=低音声、と言う対比がワメの粗雑なアタマにヒラメイたのや。どんなもんでっしゃろか?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ハナシ逸れるが、CMの世界でも、時折、低音ブームが訪れる。ワメも50年間に何回か、意識的に低音を他CMとのセグメント手法として使ったことがある。大方は男声カルテットのバス担当者にタヨった。例えば、資生堂の男性用化粧品MG5のロゴは、常打ちカルテット、デューク・エイセスのバス、牧野サンの地下3階にまで届きそうに「MーGーファーーーイヴ」とグリスダウンする声で印象を強めたのや。
CM以外でも、和田誠サンと作った「オフオフ・マザーグース」60曲中の一曲「雨」で、岡村喬生サンはトドメの低音Dを、アドリブでオクダーヴ下まで届かせてしまった。逆に「すっからかん」を歌った中島啓江サンはトドメの高音Cをオクターヴ上までハネ上げた。ドッチも鍛練された声帯が演出する一種の音楽サーカス。これも音楽のコタエラレナイ魅力のヒトツ。
それから、毎春の恒例、宮中歌会始めで朗唱される宮家男声団の「君が代」もスゴイ。「キミガーアヨーオハー」と一節づつ母音を延ばし、折り曲げ、区切りながら、4度づつ音程を下げて行き「コ-ケ-ノームースーマーアーデー」は、冥界に到達した幽けさの底で結ばれるのや。これも一遍聴いたら忘れられない低音の世界やねん。
考えて見ると、メロディとは別に、ウタには、その音域が持つ独特のブンカ領域があるのやねん。高音→戦争、低音→平和、と言うのはあまりにも単純すぎる対比だが。
「便利のカキクケコ」 ― 2011/04/26 15:16
《ワメ的・ブンカ大評論》
えー、今回の東北大災害の起きたちょっと前から、ワ(タクシ)メは、原発を含め、「便利」というコトバにアレルギーを感じて居りましてん。日本がノッピキならなくなった今、それを、チョイと考えてみようかと。
「便利のカキクケコ」
カ
「過便利」
どこまでがベンリでどこからが行き過ぎか?市場用語では「付加価値」とか言うコトバでそれを擁護しているが。例えばワメは80年代、シャープの電卓「LCメイト」のTVCM音楽を7、8年続けて担当しましてん。毎年計算可能ケタ数が増すにつれて価格が下がり、そこに「英語辞典」などを付加したりして凌いでいたが、遂に「電卓」が独立「商品」ではなく、他の商品の「オマケ」に成り下がるに及んで、TV画面から消えました。
現在では「ケイタイ」がその位置にあるようで。「地震情報」などは時節柄イノチに関わる必要サービスかも。しかしカメラ機能、情報検索機能、買物機能、メール機能、ワンセグ機能、ナビ機能、ゲーム機能など、イノチにカンケイ無いサービスは本来不要やんか。ワメなどは街から「公衆電話」が消えたので、仕方なく使っているだけや。
しかし「ケイタイ」は「生活」の中に深々と棲み込んで、全国民の末梢神経に大きな負荷を掛けている。ミナサンお気付きか?この「過便利」がニンゲンをPASSIVEな位置に押し込め、生来の「本能」を削除する役目を果たしている。スベテの電子機器に共通する根本的欠陥は「眼」と「耳」に対応するだけで、一番本能的な「鼻」つまり「匂い」は伝えられないことやんけ。
もはやワメもセッカチが売り物の年代だから、一気に結論に飛ぶが、イノチに「必要」でないものはスベテ「要らない」のだよ、この世では。今、世界はコゾって「繁栄」という名の「過剰」目指している。「先進国」とは「過便利」に溺れた国のコトやねん。ここから後は、ほとんど説明不要やろ。世界は「地球温暖化」か「危険な原発」かの岐れ道。そしてブンカの自滅のモトである「過便利」が、以下、キ・ク・ケ・コの連鎖を生んで行くのやねん。
キ
「危便利」
「過便利」が生み出すサベツ内包した危険を指す。東京vs.福島、つまり「原発」。
ク
「苦便利」
「過便利」と「危便利」の結果、ニンゲンが被る苦痛・苦難。これも説明不要やろ。
ケ
「仮便利」
「過便利」とは便利のニセモノ、つまり「虚仮(コケ)」であることを認識すること。
コ
「孤便利」
「ケイタイ」を通じてしかトモダチとコミュニケイト出来ない世代の、地獄の孤独に想いを馳せよ。「ケイタイ」という見えないヒモに繋がれた「1984年」的バラバラ孤独人間群。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
さて、「便利」を国語辞典で引いてみると。「つごうのよいこと」「役にたつこと」とあり、他にもうヒトツ、「大小便の通じがあること」つまり便利とは、生理的バランスと同義であり、それが過剰になれば、ニンゲンのイノチに関わる危険に直ちにツナガルのやねん。
えー、余計な報告をヒトツ。先週、株式会社・電通の2011年度「テレビCM」審査会に出席しましてん。さよ、電通サンとは50年超えるオツキアイ。審査員も30年超えてツトメて居ります。昨年初春から今年初春まで、1年間のオン・エアCM作品を審査するわけで、当然、今回の東北大災害は考慮に入っていないCM作品群。ここでワメは意地悪く、大災害で浮き足立っている現在の日本人の感覚をベースに採点しましてん。
すると。昨年までなら、ちょっとハデハデでイイ気なCMだが、まァオモロイし、万事、需要が低下している今の市場作戦としては有効ちゃうか、と高い点付けただろうCMが、すべてドッチラけて感じられ、ペケ採点となりましてん。
逆に、去年までなら、「マジで慎重で環境的配慮はあるが、保守的アッタリマエ過ぎて、今ヒトツ魅力が無い」と振り落としたであろうCM(企業CMが多かったが)が、妙に説得力持ってセマって来るのにビックリして高点付けましたのや。この20年ばかり、時代とのナァナァに堕して、モチベーションの弱いCMばかり見させられて来たけど、今回の大災害は、CM界にとっても、一種のツナミ・インパクトになる筈。来年のCMクリエイティヴはムズカシイぞえ。
同様に、災害後、同じAC広告の使い回しで批判浴びたTVCM自制過剰の流れの中で、CMの名手、サントリーが提供していた企業CM、いずみ・たくの「見上げてごらん、夜の星を・・・」と中村八大の「上を向いて・・・」の歌リレーが、実にピッタリのヒーリング・ソングとして聞こえてきたのにもビックラ。ドチラも永六輔作詞だが、この素朴ストレートなコピーが、今までになくリリカルに、ココロに染み込んで聞こえましたのや。時代によってアクセスが変わる、ウタってフシギなものですね。
えー、今回の東北大災害の起きたちょっと前から、ワ(タクシ)メは、原発を含め、「便利」というコトバにアレルギーを感じて居りましてん。日本がノッピキならなくなった今、それを、チョイと考えてみようかと。
「便利のカキクケコ」
カ
「過便利」
どこまでがベンリでどこからが行き過ぎか?市場用語では「付加価値」とか言うコトバでそれを擁護しているが。例えばワメは80年代、シャープの電卓「LCメイト」のTVCM音楽を7、8年続けて担当しましてん。毎年計算可能ケタ数が増すにつれて価格が下がり、そこに「英語辞典」などを付加したりして凌いでいたが、遂に「電卓」が独立「商品」ではなく、他の商品の「オマケ」に成り下がるに及んで、TV画面から消えました。
現在では「ケイタイ」がその位置にあるようで。「地震情報」などは時節柄イノチに関わる必要サービスかも。しかしカメラ機能、情報検索機能、買物機能、メール機能、ワンセグ機能、ナビ機能、ゲーム機能など、イノチにカンケイ無いサービスは本来不要やんか。ワメなどは街から「公衆電話」が消えたので、仕方なく使っているだけや。
しかし「ケイタイ」は「生活」の中に深々と棲み込んで、全国民の末梢神経に大きな負荷を掛けている。ミナサンお気付きか?この「過便利」がニンゲンをPASSIVEな位置に押し込め、生来の「本能」を削除する役目を果たしている。スベテの電子機器に共通する根本的欠陥は「眼」と「耳」に対応するだけで、一番本能的な「鼻」つまり「匂い」は伝えられないことやんけ。
もはやワメもセッカチが売り物の年代だから、一気に結論に飛ぶが、イノチに「必要」でないものはスベテ「要らない」のだよ、この世では。今、世界はコゾって「繁栄」という名の「過剰」目指している。「先進国」とは「過便利」に溺れた国のコトやねん。ここから後は、ほとんど説明不要やろ。世界は「地球温暖化」か「危険な原発」かの岐れ道。そしてブンカの自滅のモトである「過便利」が、以下、キ・ク・ケ・コの連鎖を生んで行くのやねん。
キ
「危便利」
「過便利」が生み出すサベツ内包した危険を指す。東京vs.福島、つまり「原発」。
ク
「苦便利」
「過便利」と「危便利」の結果、ニンゲンが被る苦痛・苦難。これも説明不要やろ。
ケ
「仮便利」
「過便利」とは便利のニセモノ、つまり「虚仮(コケ)」であることを認識すること。
コ
「孤便利」
「ケイタイ」を通じてしかトモダチとコミュニケイト出来ない世代の、地獄の孤独に想いを馳せよ。「ケイタイ」という見えないヒモに繋がれた「1984年」的バラバラ孤独人間群。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
さて、「便利」を国語辞典で引いてみると。「つごうのよいこと」「役にたつこと」とあり、他にもうヒトツ、「大小便の通じがあること」つまり便利とは、生理的バランスと同義であり、それが過剰になれば、ニンゲンのイノチに関わる危険に直ちにツナガルのやねん。
えー、余計な報告をヒトツ。先週、株式会社・電通の2011年度「テレビCM」審査会に出席しましてん。さよ、電通サンとは50年超えるオツキアイ。審査員も30年超えてツトメて居ります。昨年初春から今年初春まで、1年間のオン・エアCM作品を審査するわけで、当然、今回の東北大災害は考慮に入っていないCM作品群。ここでワメは意地悪く、大災害で浮き足立っている現在の日本人の感覚をベースに採点しましてん。
すると。昨年までなら、ちょっとハデハデでイイ気なCMだが、まァオモロイし、万事、需要が低下している今の市場作戦としては有効ちゃうか、と高い点付けただろうCMが、すべてドッチラけて感じられ、ペケ採点となりましてん。
逆に、去年までなら、「マジで慎重で環境的配慮はあるが、保守的アッタリマエ過ぎて、今ヒトツ魅力が無い」と振り落としたであろうCM(企業CMが多かったが)が、妙に説得力持ってセマって来るのにビックリして高点付けましたのや。この20年ばかり、時代とのナァナァに堕して、モチベーションの弱いCMばかり見させられて来たけど、今回の大災害は、CM界にとっても、一種のツナミ・インパクトになる筈。来年のCMクリエイティヴはムズカシイぞえ。
同様に、災害後、同じAC広告の使い回しで批判浴びたTVCM自制過剰の流れの中で、CMの名手、サントリーが提供していた企業CM、いずみ・たくの「見上げてごらん、夜の星を・・・」と中村八大の「上を向いて・・・」の歌リレーが、実にピッタリのヒーリング・ソングとして聞こえてきたのにもビックラ。ドチラも永六輔作詞だが、この素朴ストレートなコピーが、今までになくリリカルに、ココロに染み込んで聞こえましたのや。時代によってアクセスが変わる、ウタってフシギなものですね。
「福島原発崩落現場の特攻隊の顔見えない」 ― 2011/03/18 16:44
《ワメ的時事大疑問》
「福島原発崩落現場の特攻隊の顔見えない」
えー、「天災」による被災者の大惨状とは別個のモンダイとして、原因は同じ地震・津波だとしても、福島第1原発のシッチャカメッチャカは「人災」ちゃうか。「水掛け論」に終始している東電関係者の説明には、全く「当事者」感が無い。そして、フシギなのはあのキケンなシゴトに従事している筈の作業員の「顔」がまるで見えないこと。ワメの知る範囲では日本のどの新聞紙も、これに密着していない。ただ750名を撤退させ、50名を残留させたという報告だけ。周辺の放射線数値がドウノコウノとコシ引けてる自衛隊の「命がけ・ヘリ投入水掛け作戦」などより、ズっとキケンな現場に残っている作業員は、「徴用」なのか「特攻隊」なのか、つまり「社命」なのか「献身」なのか、そのモチヴェーションがまるで掴めないのや。
で、「ヘラ鳥」の記事から、その手掛かりを拾ってご紹介致す。ポイントのみ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ヘラ鳥ウォッチング」
「THE LAST LINE OF DEFENSE:A SELFLESS SQUDRON OF 50」(03/17)
「最後の防禦線:50名の決死隊」
ケイス・ブラッドシャー&ヒロコ・タブチ
16日(水)、放射能と火災をモノともせず、少数の技術者が福島第一原発に残留した。多分これが、なんとしても核爆発大惨事を防ぎたい日本のラスト・チャンスやんけ。
顔の見えない50名の技術者。彼等は真っ暗な迷宮のような施設の中を、時折の水素ガスの爆発音を聞きながら、懐中電灯を頼りに、這いずり回る。何千トンの放射能灰が空高く舞い上がって、何百万人の同胞を危険に曝すことになるメルトダウン(溶融)を阻止するために。
16日、東京電力は従業員については、ほとんどナニも言及せず。どのくらい長時間、放射能に曝されたかを含め。その東京電力がワズカに洩らした被災情報。地震で5名死亡。22名以上がサマザマな原因で負傷、2名が行方不明。
16日の時点で、東電は居残った50名の名前その他の情報を発表することを拒否しただけでなく、エライサンは、彼等が身体的被害を受けた時に、どう補償するのかもアキラカにしなかったのや。
アメリカ原発工場で13年間、技術者リーダーを務めたマイケル・フリードランダー氏によれば、こうしたケースのコンセンサスとしては、要員は家族には逃げるように警告した上で、自分のポストに最後まで留まるものだと言う。「そこには忠誠心と、何年も同じ職場で働いて来た仲間同士の友情があるのさ」
さよ、日本の職場にも、社命に対する一種熱烈な献身セイシンがある。経済力低下は多くの日本人の終身雇用という考えを崩した。しかし職場自体は重要な仲間意識の源なのや。
チェルノブイリの場合、工場従業員や消防隊員の多くが、ヴォランティアとして、原子炉の制御、埋設、焼却を試みたのや。そのキケンな状態について、どの程度真実を知らされていたかは不明だが。3ケ月の中に、28人が被曝で死亡。18人が皮膚の火傷からの伝染で死んだ。国連科学委員会の最近の報告では、106人が放射能による被病、吐き気、下痢、血圧低下などで強度の免疫力低下となった。その他放射能による白血病、血液ガンなどの後遺症により多数が後日死亡した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ウム、こうした現場のキケンに対する、現場職員の心情に関するレポートがまるでメディアに出て来ない。気になるやんか。東電の報告・説明には、どこかコワバった隠蔽体質が見え隠れしてる。かつての、大本営発表を思い出させる。これはタシカに怪物プルート相手の分の悪いセンソーやねん。事実、日本滞在のガイジン家族は、本国からの示唆もあって、ゾクゾクと帰国してるやんか。
被災現地の手当てもゴテゴテ、計画停電の実施もバラバラ場当たり的。最高司令官不在の不安感が国中に充満してる。シッカリした司令官と、士気と仲間意識に満ちた兵士が居なければ、国民の一体感は生まれず、このセンソーは負けやねん。流言蜚語飛び交う今だから、ホントかどうか不祥だが、一説に、現場の兵士には傭兵的ガイジンが多いとも。国家の一大事をカネで処理しようってか?その辺に、要員の氏名発表をハバカル理由があるのか?
いや、とにかく参ったぜ。歌手ノサカの40年前のウタ「この世はもうじきオシマイだ/あの町この町鐘が鳴る/切ない切ないこの夜を/どーするどーするアナタなら」が、こうも現実と重なるとは。この手の終末予言ソングは、いつか必ずアタルわけだが、われわれヒットケッターズが存命の中に、現実でナゾられるとは思わなんだ。嗚呼。
「福島原発崩落現場の特攻隊の顔見えない」
えー、「天災」による被災者の大惨状とは別個のモンダイとして、原因は同じ地震・津波だとしても、福島第1原発のシッチャカメッチャカは「人災」ちゃうか。「水掛け論」に終始している東電関係者の説明には、全く「当事者」感が無い。そして、フシギなのはあのキケンなシゴトに従事している筈の作業員の「顔」がまるで見えないこと。ワメの知る範囲では日本のどの新聞紙も、これに密着していない。ただ750名を撤退させ、50名を残留させたという報告だけ。周辺の放射線数値がドウノコウノとコシ引けてる自衛隊の「命がけ・ヘリ投入水掛け作戦」などより、ズっとキケンな現場に残っている作業員は、「徴用」なのか「特攻隊」なのか、つまり「社命」なのか「献身」なのか、そのモチヴェーションがまるで掴めないのや。
で、「ヘラ鳥」の記事から、その手掛かりを拾ってご紹介致す。ポイントのみ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ヘラ鳥ウォッチング」
「THE LAST LINE OF DEFENSE:A SELFLESS SQUDRON OF 50」(03/17)
「最後の防禦線:50名の決死隊」
ケイス・ブラッドシャー&ヒロコ・タブチ
16日(水)、放射能と火災をモノともせず、少数の技術者が福島第一原発に残留した。多分これが、なんとしても核爆発大惨事を防ぎたい日本のラスト・チャンスやんけ。
顔の見えない50名の技術者。彼等は真っ暗な迷宮のような施設の中を、時折の水素ガスの爆発音を聞きながら、懐中電灯を頼りに、這いずり回る。何千トンの放射能灰が空高く舞い上がって、何百万人の同胞を危険に曝すことになるメルトダウン(溶融)を阻止するために。
16日、東京電力は従業員については、ほとんどナニも言及せず。どのくらい長時間、放射能に曝されたかを含め。その東京電力がワズカに洩らした被災情報。地震で5名死亡。22名以上がサマザマな原因で負傷、2名が行方不明。
16日の時点で、東電は居残った50名の名前その他の情報を発表することを拒否しただけでなく、エライサンは、彼等が身体的被害を受けた時に、どう補償するのかもアキラカにしなかったのや。
アメリカ原発工場で13年間、技術者リーダーを務めたマイケル・フリードランダー氏によれば、こうしたケースのコンセンサスとしては、要員は家族には逃げるように警告した上で、自分のポストに最後まで留まるものだと言う。「そこには忠誠心と、何年も同じ職場で働いて来た仲間同士の友情があるのさ」
さよ、日本の職場にも、社命に対する一種熱烈な献身セイシンがある。経済力低下は多くの日本人の終身雇用という考えを崩した。しかし職場自体は重要な仲間意識の源なのや。
チェルノブイリの場合、工場従業員や消防隊員の多くが、ヴォランティアとして、原子炉の制御、埋設、焼却を試みたのや。そのキケンな状態について、どの程度真実を知らされていたかは不明だが。3ケ月の中に、28人が被曝で死亡。18人が皮膚の火傷からの伝染で死んだ。国連科学委員会の最近の報告では、106人が放射能による被病、吐き気、下痢、血圧低下などで強度の免疫力低下となった。その他放射能による白血病、血液ガンなどの後遺症により多数が後日死亡した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ウム、こうした現場のキケンに対する、現場職員の心情に関するレポートがまるでメディアに出て来ない。気になるやんか。東電の報告・説明には、どこかコワバった隠蔽体質が見え隠れしてる。かつての、大本営発表を思い出させる。これはタシカに怪物プルート相手の分の悪いセンソーやねん。事実、日本滞在のガイジン家族は、本国からの示唆もあって、ゾクゾクと帰国してるやんか。
被災現地の手当てもゴテゴテ、計画停電の実施もバラバラ場当たり的。最高司令官不在の不安感が国中に充満してる。シッカリした司令官と、士気と仲間意識に満ちた兵士が居なければ、国民の一体感は生まれず、このセンソーは負けやねん。流言蜚語飛び交う今だから、ホントかどうか不祥だが、一説に、現場の兵士には傭兵的ガイジンが多いとも。国家の一大事をカネで処理しようってか?その辺に、要員の氏名発表をハバカル理由があるのか?
いや、とにかく参ったぜ。歌手ノサカの40年前のウタ「この世はもうじきオシマイだ/あの町この町鐘が鳴る/切ない切ないこの夜を/どーするどーするアナタなら」が、こうも現実と重なるとは。この手の終末予言ソングは、いつか必ずアタルわけだが、われわれヒットケッターズが存命の中に、現実でナゾられるとは思わなんだ。嗚呼。
大正デモクラッターズ ― 2011/02/20 20:27
えー、大急ぎでヒトツ追加。《昭和ヒットケッターズ》などガキ世代と見る博学無双の《大正デモクラッターズ》からの相撲論議。
★「ああ相撲1勝ち負け、すべてではない」吉田秀和(朝日新聞・音楽展望)
私は1 9 13年(大正2年)東京日本橋の人形町界隈に生まれ育った。そのころはまだプロ野球もなく、子供のスポーツの話題といえば相撲が専らだった。思い出す。まだ小学校に上がる前のある正月、例年の如く大工の棟梁が年賀の挨拶に来て、もてなしの酒で上機嫌になり、私をつかまえて相撲談義。彼にいわせると、相撲は勝ち負けがすべてではない。鍛えに鍛えて艶光りする肉体同士が全力を挙げてぶつかる時、そこに生まれる何か快いもの、美しく燃えるもの。瞬時にして相手の巨体を一転さす技の冴え、強力無双相手をぐいぐい土俵の外に持ってゆく力業。そういった一切を味わうのが相撲の醍醐味だと。それ
が時代の好み、社会の要請に従って、相撲もほかの近代スポーツ一般に歩調を合わせ、勝敗の帰趨に焦点を合わせるように次第に変容変質してゆく。勝敗に拘泥しないような取り組みには精神の緊張がみられなくなり、緊張の欠けた巨体のぶつかりあいは、むしろ、醜く見るに堪えないものになる。今相撲は非難の大合唱の前に立ちすくみ、存亡の淵に立つ。救いは当事者の渾身の努力と世論の支持にしかない。あなたはまだ相撲を見たいと思ってますか。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ウム。これもシタリ顔のヒョーロン家どもアフタ論議のド真ん中にデーンと据えたいオハナシやんか。それでワメもヒトツ思い出した。ワメが小学校3、4年の頃か、たしか夏場所、ラジオで聞いていた「青葉山」と「龍王山」の取り組みだったと思う。水入りの大相撲となり、その後もついに勝負が着かず、引き分けと相成った。ところが。大東亜戦争真っ只中のこの時、これを観戦していた東条英機首相が、「敢闘セイシンが足らん!」と激怒、件の両力士はこの場所、以後謹慎となったのだ。当時、「相撲界」なる雑誌に相撲観戦記を書いていた大学卒のインテリ力士「笠置山」(たしか関脇まで行った)がこの話を
取り上げていたのを覚えている。まだガキだったワメ、そのコラムの内容までは、残念ながら覚えて居らぬのや。音楽界には、意外に相撲ファンが居てはる。かの端麗ピアニスト安川加寿子サンもたしか相撲好きだった。建築界でも、辰野金吾氏は相当な相撲ファンで、彼の設計になる両翼広げた東京駅は、横綱土俵入りのイメージを模したものと聞いた。
★「ああ相撲1勝ち負け、すべてではない」吉田秀和(朝日新聞・音楽展望)
私は1 9 13年(大正2年)東京日本橋の人形町界隈に生まれ育った。そのころはまだプロ野球もなく、子供のスポーツの話題といえば相撲が専らだった。思い出す。まだ小学校に上がる前のある正月、例年の如く大工の棟梁が年賀の挨拶に来て、もてなしの酒で上機嫌になり、私をつかまえて相撲談義。彼にいわせると、相撲は勝ち負けがすべてではない。鍛えに鍛えて艶光りする肉体同士が全力を挙げてぶつかる時、そこに生まれる何か快いもの、美しく燃えるもの。瞬時にして相手の巨体を一転さす技の冴え、強力無双相手をぐいぐい土俵の外に持ってゆく力業。そういった一切を味わうのが相撲の醍醐味だと。それ
が時代の好み、社会の要請に従って、相撲もほかの近代スポーツ一般に歩調を合わせ、勝敗の帰趨に焦点を合わせるように次第に変容変質してゆく。勝敗に拘泥しないような取り組みには精神の緊張がみられなくなり、緊張の欠けた巨体のぶつかりあいは、むしろ、醜く見るに堪えないものになる。今相撲は非難の大合唱の前に立ちすくみ、存亡の淵に立つ。救いは当事者の渾身の努力と世論の支持にしかない。あなたはまだ相撲を見たいと思ってますか。
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ウム。これもシタリ顔のヒョーロン家どもアフタ論議のド真ん中にデーンと据えたいオハナシやんか。それでワメもヒトツ思い出した。ワメが小学校3、4年の頃か、たしか夏場所、ラジオで聞いていた「青葉山」と「龍王山」の取り組みだったと思う。水入りの大相撲となり、その後もついに勝負が着かず、引き分けと相成った。ところが。大東亜戦争真っ只中のこの時、これを観戦していた東条英機首相が、「敢闘セイシンが足らん!」と激怒、件の両力士はこの場所、以後謹慎となったのだ。当時、「相撲界」なる雑誌に相撲観戦記を書いていた大学卒のインテリ力士「笠置山」(たしか関脇まで行った)がこの話を
取り上げていたのを覚えている。まだガキだったワメ、そのコラムの内容までは、残念ながら覚えて居らぬのや。音楽界には、意外に相撲ファンが居てはる。かの端麗ピアニスト安川加寿子サンもたしか相撲好きだった。建築界でも、辰野金吾氏は相当な相撲ファンで、彼の設計になる両翼広げた東京駅は、横綱土俵入りのイメージを模したものと聞いた。
「大相撲春場所中止に怒るヒトケタ」 ― 2011/02/20 19:27
《昭和ヒットケッターズ最新情報》
(OdoReuter通信)
「大相撲春場所中止に怒るヒトケタ」
★「場所を休んではいけない」カレーラス・悟空・昭如(毎日新聞)
世間の関心事として話題になっているのは大相撲八百長問題であろう。元来相撲は芸能である。古来五穀豊穣を願い、神に捧げる儀式に始まる。勝負を争うようになって、興行化した。1年6場所、そこへ巡業が入る。365日稽古ずくめ。このすべてを本気で取り組めば体が壊れてしまうことは想像がつく。力士には自分の体と土俵を守るための心づかいがあって当然。それをインチキとはいわない。日本人はいい意味であいまいさを大事にしてきた。何事も決めつけず、大らかに構えて、おっとりと世の中を眺める仕組みをうまく利用してきた。そこで、ゆとりや風情を楽しむ気風が生まれた。場所を休んではいけない。続けるべきだ。
★「今からでも大阪場所復活を」ドミンゴ・八戒・六輔(毎日新聞)
「今からでも遅くない大阪場所を復活する市民運動」を番組内で立ち上げた。主旨は土俵入りも八百長も相撲の内であると考えること。世論も「神事派」と「賭博派」に分かれているが、ゴチャゴチャでいいのだ。マスコミが世論をまとめることの方が怖い。大切なのは続けることなのである。問題が起きるとすぐ文部科学省に謝りに行く相撲協会。それを偉そうに受け止める文科省。そもそもギャンブルは博奕打ちの親分が取り仕切ったもので、その仕事を政府が取り上げたのが宝くじ、競輪、競馬、競艇という公営ギャンブル。明治維新以来の相撲協会のあり方を知って貰うためにも勇気を出して大阪場所を開催するべ
きなのだ。中止にして、役人の顔色をうかがうというのが一番良くない。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ウム。その通りや。大体文部省は出しゃばり過ぎる、ナニゴトに於いても。かつてJASRAC(日本音楽著作権協会)にゴタゴタが起きた時も、文部省から天下りして来た理事長が取り仕切り、仲間の裁判官とツルんで、ワルイ方に肩入れし、数十億円といわれる詐欺事件を「和解」にしてしまったのや。その上、JASRACが「公益法人」であるためには、もっと世間のタメになるブンカ活動が必要だとヌカシて別枠予算とポストを設け、そこにテメエの仲間を天下りさせようとしたのだよ。その時は、孫悟空昭如、猪八戒六輔、沙悟浄亜星、「世直しトリオ」の八面六曹の活躍で、その悪略を粉砕したのは記憶にア
タラシイ。さよ、文科省・マスコミなど無視して大阪場所ヒラケゴマ。それが正論。
(OdoReuter通信)
「大相撲春場所中止に怒るヒトケタ」
★「場所を休んではいけない」カレーラス・悟空・昭如(毎日新聞)
世間の関心事として話題になっているのは大相撲八百長問題であろう。元来相撲は芸能である。古来五穀豊穣を願い、神に捧げる儀式に始まる。勝負を争うようになって、興行化した。1年6場所、そこへ巡業が入る。365日稽古ずくめ。このすべてを本気で取り組めば体が壊れてしまうことは想像がつく。力士には自分の体と土俵を守るための心づかいがあって当然。それをインチキとはいわない。日本人はいい意味であいまいさを大事にしてきた。何事も決めつけず、大らかに構えて、おっとりと世の中を眺める仕組みをうまく利用してきた。そこで、ゆとりや風情を楽しむ気風が生まれた。場所を休んではいけない。続けるべきだ。
★「今からでも大阪場所復活を」ドミンゴ・八戒・六輔(毎日新聞)
「今からでも遅くない大阪場所を復活する市民運動」を番組内で立ち上げた。主旨は土俵入りも八百長も相撲の内であると考えること。世論も「神事派」と「賭博派」に分かれているが、ゴチャゴチャでいいのだ。マスコミが世論をまとめることの方が怖い。大切なのは続けることなのである。問題が起きるとすぐ文部科学省に謝りに行く相撲協会。それを偉そうに受け止める文科省。そもそもギャンブルは博奕打ちの親分が取り仕切ったもので、その仕事を政府が取り上げたのが宝くじ、競輪、競馬、競艇という公営ギャンブル。明治維新以来の相撲協会のあり方を知って貰うためにも勇気を出して大阪場所を開催するべ
きなのだ。中止にして、役人の顔色をうかがうというのが一番良くない。
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ウム。その通りや。大体文部省は出しゃばり過ぎる、ナニゴトに於いても。かつてJASRAC(日本音楽著作権協会)にゴタゴタが起きた時も、文部省から天下りして来た理事長が取り仕切り、仲間の裁判官とツルんで、ワルイ方に肩入れし、数十億円といわれる詐欺事件を「和解」にしてしまったのや。その上、JASRACが「公益法人」であるためには、もっと世間のタメになるブンカ活動が必要だとヌカシて別枠予算とポストを設け、そこにテメエの仲間を天下りさせようとしたのだよ。その時は、孫悟空昭如、猪八戒六輔、沙悟浄亜星、「世直しトリオ」の八面六曹の活躍で、その悪略を粉砕したのは記憶にア
タラシイ。さよ、文科省・マスコミなど無視して大阪場所ヒラケゴマ。それが正論。
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