「CMってナニ?」(7)2013/05/23 05:05

えー、これは「ヘラ鳥」中の記事だけど「LANGUAGE」欄の広告的コトバのハナシなので、一応「CMってナニ?」のタイトルの下に入れて、ご紹介致そう。

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「CMってナニ?」(7)

★この場合は Catchphrase Memorandom と言うことになる。

「HOW BOSTON GOT ‘STRONG’」(05/20)(ボストン・ブローブ紙)

「《BOSTON STRONG》なるコトバはドコから来たか」

ベン・ツィンマー

2語のモットー「BOSTON STRONG」が、先日のボストン・マラソン爆弾事件以来、テロへの挑戦、反抗、団結、警戒のスローガンとして、街中に見られるようになっている。

アチコチで見られる「BOSTON STRONG」が、テロ脅威に対する統一戦線を形作っている。このコトバはアっと言う間に広がった。無数のTシャツ、帽子、リボンなどに印されて。これを、ボストン市の「災害後ブランド」と呼ぼう。

「BOSTON STRONG」の迅速な成功は、キャッチフレーズに関して、ワレワレがどんなに広告世界から学んでいるかの証拠やろ。連中は、思いもよらぬ出来事からも、それを創り出すのやねん。

「X STRONG」なるコトバ合わせは、一体ドコから来たのか?その最初は、今はチョイとマズイことになってしまったが、プロ自転車レース界の大スター、LANCE ARMSTRONG 氏が、自らのガン経験をモトに、ガン患者のための基金として設立した「LIVESTRONG」からだ。
ARMSTRONG 氏と、そのチャリティ事業は、競技に於ける彼のドーピング(麻薬)違反が明らかになって以来、信用を失ってしまったが、10年前、「LIVESTRONG」の黄色いリストバンドは、偉大な博愛心の成功物語だったのだ。

「LIVESTRONG」は ARMSTRONGのSTRONGから採ったもの。2004年、彼は語った。「 ガンに罹ったワカモノ達は、シッカリ戦い、大きな夢を見、《強く生きる》べきだ」と。(まァ日本語で言えば、《ガンバレ》やろ)

その2年後、全く異なった「STRONG」スローガンが現われた。アメリカ陸軍が、NYの広告代理店マッキャン・エリクソンと提携、新兵募集のスローガンとして「ARMY STRONG」を使ったのや。(これは後に「AN ARMY OF ONE」「BE ALL YOU CAN BE」に替えられたが)
以後、「STRONG」の変形がポップ・カルチャーに現われた。2007年、カントリー・シンガーのブリトニー・フーバーが、デビューアルバム「COUNTRY STRONG」をリリース。このタイトルは数年後、ギネス・パルトロー主演の映画の中でも使われた。

その後、挑戦を表すこのコトバは、災害のチャリティキャンペンに使われる。2011年8月、ハリケーン・イレーヌがヴァーモントを襲った際、チャリティ・キャンペンとして「I AM VERMONT STRONG」と書かれた Tシャツが売られた。このキャンペンは大成功で、州知事ピーター・シャムリンは、2012年の年頭演説で「ワレワレの州は強い。ヴァーモント・ストロングだ!」と叫んだ。彼はさらに「VERMONT STRONG」をクルマのプレートに付けて、ヴァーモント災害救助基金とした。

翌年10月、ハリケーン・サンディがニュージャージー州を襲った時も「JERSEY STRONG」がみんなの掛け声になった。

明らかに、「BOSTON STRONG」の成功は、そのモトを辿れば、今や不名誉なコトバとなった「LIVESTRONG 」に行き着くのや。ボストンの事件直後から、青と黄色の「BOSTON STRONG」Tシャツでキャンペンを始めたエマーソン大学の学生たちは言う。「オレたちは《LIVESTRONG》と《ARMYSTRONG》 から《BOSTON STRONG》を展開したのさ。だってこのコトバはシンプルで覚えやすいじゃんか」

今月初め、ホッケーの試合で、トロントのチームが、「TORONTO STRONGER」と応援旗を掲げて、相手のボストン・チームを怒らせた。

まァイロイロなモンダイもあるが「BOSTON STRONG」は、その前の「VERMONT STRONG」や「JERSEY STRONG」同様な成功を収めた。その地域の結束を表現するコトバが、住民共通の旗印となったのや。そして「WE AREBOSTON STRONG」の WE の中に、外部者もシンパシーを感じて「WE ARE ALL BOSTONIANS」となる契機が在る。

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ウム。これはそのまま「東北ガンバレ」に通じるハナシやんか。ただ「ガンバレ」は既にあまりにも手垢が付いたコトバで、ホントのシンパシーを含み込んだキャッチ・フレーズにはなり難い。「BOSTON STRONG」の持つクリエイチビチイには遠く及ばないのやねん。因みに、このコラムの筆者はVisual Thesaurus.com のプロデューサー。つまりオンラインでコンタクト出来る、反語など含めた語彙のセンモン家。

「CMってナニ?」(6)2013/05/23 01:23

「CMってナニ?」(6)

★えー、CM屋の作業のヒトツに Concept Making がある。
コンセプトってナニ?

★ここはヒトツ、コピーライターの大宗匠、土屋耕一サンの「コピーライターの発想」(講談社現代新書/1984年刊)から、その一流の語り口による説明を聞こう。

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★コンセプトという言葉をよくきく。よくきくけれど、なんとなく、あいまいなまま使われているように思う。

★1960年代から70年代あたりへかけて「この広告にはコンセプトのかけらもない」などと人に言われたら、その広告にとっては致命的なボディへの一撃であり、それは、フィラメントの切れてしまった一個の電球のようなもの、と言われているのにひとしかった。

★1960年代に、アメリカから、この「コンセプト」という考え方が海を渡ってやってきたとき、日本の広告の畑は、水を吸いこむ土のような素直さで、これを受け入れてしまった。

(中略)

★ここで、「独創とは破壊である」といった、芸術雑誌の特集のような言葉が、顔を出してくる。すべて既成のもやもやとした空気、なんという理由もなくつづけられている習慣、眠くなるような決まり文句による挨拶、などといったものを、えいやっ、とポリバケツへ捨ててみせるのですが、捨ててしまった音が、がつん、とあたりへひびく必要がある。どうしたらよくひびく音がでるか、を一生懸命、考える。

★そうだ、これを私たちはコンセプトと呼んでいるのである。ラディカルな書き方をするなら、コンセプトとは、まさに、破壊によって始まる表現のことなのですね。ここがただのアイデアなんかと、決定的にちがう一点、と言っていいだろう。

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★さよ、ワメも覚えがある。1960年代、電通の「ラ・テ局」が新橋から銀座へ抜ける高速道路下の狭いビルの中に在った頃、1本の広告キャンペンを創るために、フィルムディレクター、コピーライター、作曲屋、などが早朝8時頃から呼び集められ、一室に閉じこめられて「ブレーン・ストーミング」なるものがよく行なわれた。

★時間は2時間ほど、自分のセンモン分野にカンケイなく、商品について思いついたことをナンでもイイ、恥ずかしさなどサッパリ捨てて、喋りまくれと。そして録音された内容から「コンセプト」が抽出され、メンバーに渡される。そこから各自がコピーやらフィルムコンテやら、音楽やらを創り出せと言うわけ。乾いた「コンセプト」をもういちど脳髄液に浸してイメージを創るのもメンドーな作業で、これはやや、広告代理店のアタラシイもの好き、という感じが強かったかな。でも、新車キャンペンなどの際は、発売時まで、そのヒミツを口外しない、という誓約書に拇印を押させられたりした。これも関係者のテンションを高めるための一策だったのやろ。

「CMってナニ?」(5)2013/05/16 23:32

「CMってナニ?」(5)

★この場合は Concreted Megacity

★尖鋭な建築(評論)家、隈研吾氏近著「負ける建築」の中の小気味イイ指摘。周囲の環境を支配し続ける20世紀型の「勝つ建築」から、環境の諸条件を受け入れる「負ける建築」へ。

★現代建築状況の3悪とは。
 
大き過ぎる(TOO BIG)
資材を使い過ぎる(SPEND TOO MUCH)
取り返しがつかない(NO MENDING)

★さよ、建築をヒトツのシンボルとして、ネットワーク、金融、経済など、あらゆる領域が日々膨張し、世界はやがて、ニンゲンの手に負えない破綻の時を迎えるのでは?

★そして。現代巨大建築を可能にし、結果、現代都市生活を歪める「悪の大分母」は紛れもなく「コンクリート」やろとワメは思いますのじゃ。ここはひとつ、ハッキリ糾弾せにゃよ。

★そもそも「鉄筋コンクリート」を発明したのはドコのドイツや?

★それはドイツではなくフランス人。1867年、ジョセフ・モニエなるフランスの庭師が、パリ博覧会でパテントを取り展示。これがソモソモらしい。赤塚風に言えばシケ-ッ。罪名は「汎都会化罪」じゃ。

★これを見た独学建築家フランソワ・アネビックが、この素材をビル建築に適用する実験を始め、1892年、これを使った完全な建築システムを完成したのだよ、これもシケーッ。

★そのチョット前、1886年、ドイツのエンジニア、グスタフ・アドルフ・ワイスが、モニエの特許を買い、発展させ、鉄筋コンクリートを建築に使用する研究を進めた。これもシケーッ。

★六本木ヒルズ、のたくる高速道路、果てはスカイ・ツリーまで、何でもゴザレ、勝手気ままに成型。これがコンクリートの万能であり、やがて世界を窒息させる利便なのや。

「CMってナニ?」(4)2013/05/14 22:22

「CMってナニ?」(4)

★えー、この場合は Consolation Melody

★2011年3月、東北地震津波大災害。クライアント全体がカタマッテしまった。マンネリの「なぜかシアワセ」的CM全体が、テレビ画面から見事に消えたのや。
 
★その時。「上を向いて歩こう」と「見上げてごらん、夜の星を」がスーッと流れた。フシギな安心感と共感が、ごく自然に湧いた。静かな風景画面の下方に、ごくごく小さくクライアント名が「SUNTORY」と。たしか大災害のひと月後。

★中村八大サンと、いずみ・たくサンのメロディ、詞はドッチも永六輔サン、今は自称パーキンソン・六輔。50年ムカシのヒット・メロディが、掛け値ナシ、「今」を流れた。その後ゾロゾロと出てきた急造ガンバレ応援歌とは大違い。

★ワメもちょっとビックリ。なんべん聴いたか分からないこのメロディが、これほどココロにシミ込んだのは初めて。名曲が紛れもない「冥曲」に成ったのや。

★被災者と一般視聴者、双方へのコンソレーション。絶妙のタイミング。これが真のCMクリエイチビチー。このクリエーターは、白いイヌが一家の主人役を務める、大成功CMシリーズと同じ電通OBの佐々木宏サン。安倍晋三と同じ1954年生れ。

★想い出すのは1989年、昭和天皇ご不例のミギリ。この時もクライアント揃って自己規制。新車に乗った井上陽水サンが「オ元気デスカァ」と呼び掛けただけでこのCMエンガチョとなった。野坂コメCMも「生き残れ」コピーでエンガチョ。

★考えても見ろや、世の中にチョット不幸が兆した時に、オン・エアが憚られるCMって一体ナニ?「日常」とのナレアイに狎れ過ぎて、ヒョイと「非日常」が訪れた時、バツが悪くなるってのはドーユーこと?

★このハナシは、CMだけではない。テレビ全体、社会全体、政治全体、日本全体の「表現」の底の浅さ。付和雷同生活の底の浅さやんか。今頃反省しても手遅れだけど。

★さらに、2012年になってから、NHKお声掛かりの「復興支援ソング」とやらが、シャシャリ出て来た。「花は花は花は咲く」と言うリフレイン・メロディが ミソ。これを被災地出身の有名歌手、タレントが、それぞれ花を手に歌い継ぐ。その著作権スベテが復興資金として寄付される。この善意に、鼻白む想いを抱かされるのはナゼ?

「CMってナニ?」(3)2013/05/13 15:46

「CMってナニ?」(3)

★えー、CMとは、コマーシャル・メッセージとは限らない。時には時代への Counter Message(カウンター・メッセージ)のことやねん。

★それは例えば、イワユル「本歌取り」のテクニックに見られる。寺山修司の「マッチ擦るつかのまの海に霧ふかし 身捨つるほどの祖国ありや」

★このモトは多分、西東三鬼の「夜の湖ああ白い手に燐寸の火」やろ。

★三鬼の句、夜の湖畔に女が居てはる。燐寸を擦った瞬間に、おそらくその顔がチラリと映り、「ああ」と想いが募るのやろ。ここには「時代」は無い。男と女の機微が在るだけ。

★一方、修司の短歌は、海=湖 と マッチ=燐寸 を借りて、1960年代のブンガク青年の、祖国に対する、ちょいと反体制的心情を浮かび上がらせたのや。

★さよ、テツガク的嘱目をナリワイとする俳句と違って、短歌は、時に時代を刺す短刀となり得るのやねん。これぞ、正真のCMクリエイチビチーやんか。