「イチャモンダイ情報」762019/05/04

「世界情報」

★アフリカなど後進国への貸し付けギャング、中国の横暴。一路一帯かなんか知らないが巨大人口背に、やりたい放題。ヨーロッパもアメリカさんも、ただ見守るだけやんか。



「イチャモン」

★えー、このところ、プロ野球放送のアナウンサーの勘違いハナハダしい。解説者にヤタラ意見を求め、それにテメエの生半可な知識をヒケラカそうと、ヤタラベラベラ喋る。そのため、アウト数や、塁上走者の数を間違えたりする。バラエティ番組じゃねェんだから少しは黙って状況を見守れや。ゲームの緊張感損なってることに、まるで気がつかない。

★平成から令和へ。天皇が上皇に皇太子が新天皇へ。一年の真ん中に大晦日が来た感じ。「平成最後」と「令和最初」の大安売り。メディアも世間も、なにやら騒ぎ過ぎやしないか?人工の「区切り」にカンケイ無く、時の流れは常に一定。「終り」と「始め」は飄々とツナガって居るのや。タバコでも一服つけて、眼を瞑り、深呼吸でもしなされや。「天皇」は「制度」などでは無く、この国の「神話」のヘソ。ヘソは大事にせねばよ、雷が鳴ったら腹巻せや。



「音楽展望」
★えー、32才で早死にした父親の遺産、喘息を受け継いで小学校の出席日数が半分にも満たなかった病弱少年。それが。戦争、空襲、焼夷弾の火炎が燃え移った上着を脱いで逃げるなどを体験した後帰京、復学、ここからなぜか急に健康に。クラブチームで野球をやるわ、対抗リレーの選手になるわ、スポーツ少年に早変わり。
 しかし、高校に進む頃から音楽に傾倒。武蔵野音大でピアノ教えてた母親は、ムスコには一切教えようとしなかったので、独りでピアノを弾き始め、ヴァイオリンを習いに行き、慶大ワグネル・オーケストラで下手クソな第二ヴァイオリンを弾き始める。少人数の仲間でアンサンブルを作り、編曲と指揮をやる。1950年代、外来音楽家の演奏会に片っ端から通う。ピアノについては改めて書くとして。ヴァイオリンでは、前述したギャロア・モンブランの「リュボ」なるフランス製のヴァイオリンの甘い音色にビックリ。でもこれは、演奏に感動したワケでは無かった。その他に、ハイフェッツ、シゲッティ、オイストラッフ、などを聴いているのだが、一番、印象に残っているのがレオニード・コーガン(1924~1982)。今、ネット上で聴き返してみても、内側から突き上げて来るような圧倒的な迫力。ウクライナ生まれ、ユダヤ系のロシア人で、オイストラッフと同郷で親友。

★まァ、ヴァイオリンでは、何と言っても、生粋のウィーン気質、クライスラー(1875~1962)が最上。残念ながらナマは聴いていないが、その自作ウィーン小品集を聴くと、大時代的な多くの協奏曲など野暮の骨頂に聴こえて来るのやねん。

「イチャモンダイ情報」772019/05/07


「世界情報」

★中国習サン。アメリカ相手に元気イッパイ。でも、そろそろ限度、正念場では?

★スーダン:独裁への対抗派、活発化。

★南アフリカ大統領ラマフォーサ(1952~)汚職絶滅狙いつつ強力施策。



「イチャモン」

★大地震の来る「可能性」がある?これってヘンやないか?[オソレ」がある、という意味に「可能性」なるコトバを当てるのはオカシイ。むしろ「確率」とか「公算」とか「蓋然性」と言うコトバを当てるべきやろ。「月に行く可能性」とか「金持ちになる可能性」のように、プラス指向の予想に使うべきやないか?このヘンな通例が改められる「可能性」は極めて低いが。



「音楽展望」

★現存ピアニストの中、ロシアのグリゴリー・ソコロフが図抜けている。特にラモー、クープラン、バッハなどの古典。それを支えているのは、粒の揃ったスケール音の見事さ。ベートーヴェン以降の自己主張の強い音楽がいかにツマラナイカがハッキリ分かるのや。来日の予定は無いようだが、一番聴きたいピアニスト。

★50年代初期と思うのだが、ギーゼキング(1895~1956)を聴きに行った。多分、日比谷公会堂。コッチが聴きたかったのは、グリーグの叙情小品だったのだが、主催者は、もっともらしくベートーヴェンなど重いプログラムを組んでいた。で、アンコールでグリーグの「パピヨン」(蝶々)が出てきた時は無性に嬉しかったのをよく覚えている。1956年にロンドンで録音中に急逝したのだからギリギリだったのやねん。

★他の現存ピアニストでは、やはりアルゲリッチとキーシン。マルチ・リンガル的な個性が図抜けている。例えば、キーシンのヨハン・シュトラウス「蝙蝠」パラフレーズの見事さ。比べるのも気の毒だが、中国ランラン(郎朗)「蝙蝠」などウィーン気質のカケラも無い観衆受け目当ての安物サーカス。むしろランランの父親の演奏する二胡の方が、欧州クラシック文化とカンケイ無い独特な世界。ムスコは中途半端。

「イチャモンダイ情報」782019/05/12


「世界情報」

★爆弾テロ騒ぎで、スリランカの命綱、観光業はガックリ。

★優柔不断の英国抱えたEUの立役者、巴里と伯林が反目?マズイやんか。

★その巴里では、市民の大好きな、ドイツ生まれのオッフェンバッハの生誕200年祭。



「イチャモン」

★レームダック安倍の輪郭がよく見えて来た。各国間で「顔はよく知られている」が「尊敬も警戒もされない」キャラ。対北朝鮮の対応で、独りカヤの外。もうシャシャリ出るのは止めて、外交は外務大臣に任せるべきやんか。考えてみれば、「全力を挙げて」とか言ってナニヤラやってるようだが、その実、何の成果も挙げていないやんか。例えばオッチョコチョイの小泉だって、北朝鮮から何人かの被誘拐者を取り戻したやんか。

★その安倍の番犬、菅官房長官の渡米?ポスト・安倍の一人だと?新年号「令和」を掲げて見せることが、そんなに立ち位置を高めるのか?ホントにヘンなクニだ、この国は。



「音楽展望」

★ネットを見ていて想い出した。1955年、毎日新聞とNHKが招いた「ザ・シンフォニー・オブ・ジ・エアー」を日比谷公会堂で聴いたことを。RCAが設立したラジオ放送のためのオーケストラ、NBC交響楽団(1937~54)常任指揮者トスカニーニ引退の後、63年まで続いたのがこのオーケストラ。手だれの演奏者集めた楽団で、音量が大きいので注目された。冒頭に弦楽奏者だけが立奏で、日本、米国の国歌を演奏した。NHK交響楽団とはケタ違いのその迫力だけはよく覚えている。



★えー、私事ながら。評判の某眼科クリニックで診察受けたが、今のところ、ips治療は未だ未知数で、コチトラの目ン玉に未来は無く。周囲の景色をハッキリ見定めることなしにクタバルことになりそーで。まァ、2020五輪などにはまるで興味なく、世界情勢も「戦争」出来ない先進国同士が、後進国のイザコザに便乗して余ったテメエの兵器を消費する、と言うマンネリ・パターンの繰り返し。古いニュース映画見せられてる気分。そろそろ旅立ちの時かも、と想えども、手元にチャンとした手引き書も無く、タラタラ余命引き摺って居りまする。まるでアホやんか。

「イチャモンダイ情報」792019/05/15


「世界情報」

★休み



「イチャモン」

★コマカイことだが、コメンテーターや有識者の「れ」の「ン化」が気になる。「確かに景気は鈍化してるかも知ンないけれど」と言うヤツ。「ン音便」とでも言うか。「知れない」より喋りエネルギーの低い「知ンない」に逃げるのや、無意識に。そこらへんのジャリじゃねェんだから、チャンとした日本語で喋れや、ミットモナイ。



「音楽展望」

★「アメリカ交響楽」なる映画を、スバル座に観に行った覚えがある。1945年にNYで公開された「Rhapsody in Blue」ガーシュインの伝記風作品。戦後間もなく、1946年12月31日に、有楽町に新設された映画館スバル座のコケラ落としがこの作品だったのや。多分47年になって直ぐだから、コッチは中学1年。独りで行ったのか誰かと行ったのかは記憶がない。しかし冒頭のクラリネットとオスカー・レヴァントのピアノにショックを受け続けて2回、これは独りで観に行った。ガーシュインの「ブルーノート」に魅了されたのだが、実は戦前1930年代に、親父の蒐集の中にあった、コロンビアSP盤で、ラヴェルの「ピアノ協奏曲」を聴いていたのや。指揮・ラヴェル、ピアノ・マルグリット・ロン。この第一楽章、ブルーノート使ったテーマが、ガーシュインとの接触から生まれたものとは全く知らないままに。オモロイ話やんか。それにしても、独りでスバル座に通ったなんて不思議な気がする。そんなに、音楽少年だった覚えは無いのに。やっばり戦後の混乱期、「ブンカ」に飢えていたのかも。

★ちょいと補足すると、1928年、ラヴェルのアメリカ演奏旅行の際、ラヴェル53才の誕生日パーティに、29才のガーシュインが参加。その「Rhapsody in Blue」に触発されたラヴェルが、1931年の「ピアノ協奏曲」1楽章テーマにブルーノートを使ったわけだ。ラヴェルに師事したいと言うガーシュインに対し、ラヴェルが「1流のガーシュインが2流のラヴェルになってどーするんや」と答えたハナシは有名だが。因みに、1937年には2人ともこの世を去っているのや。しかし、1930年代に早くも日本でこの録音盤が聴けたと言うのはスゴイことやんか。38年に死んだオヤジが早速手に入れて、ムスコと一緒に聴いていたのだ。「プンカ」は時に驚くべきスピードで伝わると言うことやんか。

「イチャモンダイ情報」802019/05/21


「老化展望」

★えー、イランとアメリカが睨み合ってる、だとか、レームダック安倍が野党の動きを利用して参院・衆院同時選挙を狙ってる、だとか。そんな不確かなコトはドーデモイイ。今一番確実なのは、我が身周辺に起こってる「老化」。これはこの国の「老化」とピッタリ重なる。これを観察・記述することが、吾に課せられた命運に違いなく。今日からはこれを中心に置くことにキメた。

★カミさんとオレの「老化」現象。これをアカデミックに言うならば、「dementia」と「sarcoidosis」。日本語にすれば「痴呆症」と「肉芽腫性疾患」。

★「痴呆症」と言うコトバはアンマリだと言うので現今では「認知症」と表現してるがこれはオカシイ。正しくは「認知不全症」とでもするべきやろ。とにかくさまざまな記憶が失われたり、間違った記憶が発生したりするのや。今、ナニを食べたかを忘れる、或いは食べたこと自体を忘れる。要するにムカシからのコトバで言えば「ボケ」やねん。たいしたことではない。ただ症状が進むと「徘徊」、つまり当てもなく歩き回って家に帰れなくなったりするのや。今のところ、カミさんには、その心配は無い。自分の記憶がオカシクなって居ることをハッキリ自覚しているからだ。

★ムカシは颯爽とベンツを乗り回し、パリでもシンガポールでもバンコックでも香港でもハワイでもグアムでも、友人と一緒に、或いは2人だけで、ゲンキに旅した同じニンゲンとは思えないのや今は。よーするに「行動」の可能性の範囲がまるで狭くなってしまったのや。

★それはコッチも同じことで。サルコイから来た「緑内障」で、世の中がよく見えず、行動力は99%低下。ゴルフは勿論、ジョギングも危なっかしく、他人様の顔がよく見えないので「集まり」に出席するのを敬遠してしまう。よく知ってる筈の場所で突如方向がワカラナクなる。先日は銀座4丁目で、新橋に向かう道が一瞬分からなくなった。冗談じゃねェ。

★日々の暮らしが狭い範囲の繰り返しなので、「夢」の中の方が現実感が強く、それを引き摺るため、眼が覚めてからナニかオブリゲーションがあったような錯覚に陥るのだよ。例えば誰かに手紙を書かなきゃとか、電話掛けなきゃとか、会費払わなきゃ、とか。

★ま、今のところ、生活に大きな支障は無いものの、スベテが「手探り」風になって来ている。「老化」の玄関の先に、スーっと長い長い「廊下」が続いている感じ。「長生き」し過ぎている、と言うことなのやろ。でも大終止は未だ霧の中。763!