「西アフリカ、マリでの音楽禁止令」2013/05/25

えー、音楽の禁止。戦時中の日本でも、ジャズなどアメリカ音楽は禁止の対象になったが、そもそも欧米の音楽のモトにはドイツ音楽がデンと在り、日本の戦友であるドイツやイタリアの音楽と、敵であるフランス、ロシア、英米の音楽を区別するのは、当時の日本当局には難しいシゴトだった。結局「西洋音楽」の演奏はスベテ憚られたのやねん。

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「ヘラ鳥ウォッチング」

「THE DAY THE MUSIC DIED」(05/21)

「西アフリカ、マリでの音楽禁止令」 スジャータ・フェルナンデス

誰でも歌の検閲のハナシを聞いたことがあるだろう。例えば、ビリー・ホリディの「LOVEFOR SALE」はテーマが娼婦であるため、ABCラジオは放送禁止とした。アーチストへの検閲については、ディクシー・チックス(DIXIE CHICKS)が有名だ。この女性のカントリー・トリオは、地元テキサスで、小ブッシュ大統領のイラク戦争を批判して、保守的なカントリー・ミュージック界からエンガチョされ、大論争を巻き起こしたのや。

9ケ月前、北部マリで、イスラム戦士団(ISLAMIC MILITANTS)が、スベテの音楽禁止を宣告した。国際的にも有名なアル・ファルカ・トウーレのブルースや、ソウルフルなロキア・トゥラオーレや、アフロ・ポップの伝統を継ぐサリフ・ケイタなど、マリ出身のシンガー・ソング・ライターは数多いのに、これはトンデモナイことやんか。

戦士団は地元の歌手たちに殺しの脅しを掛けている。多くは亡命した。ライブのステージも閉鎖され、戦士団はギターやドラムセットを燃やしたのや。世界的に有名な「FESTIVAL IN THE DESERT」も南の近隣国ブルキナ・ファソ(BURKINA FASO)に移されたが、保安のリスクから延期された。

今年初め、フランスとマリの軍隊が、TIMBUKTU その他北部の町から戦士団を掃討したが、この地域一体は依然、戦場になっている。ブンカ的催場は閉鎖されたまま。北部の音楽家たちは、国を離れつつある。と言うのも、北部人に対してサベツ感を持つマリの軍隊の復讐行動も怖いからや。音楽はもう元の場所には戻って来ないのだ。

音楽禁止の理由についてはイロイロな説がある。ヒトツは、音楽は信仰心の集中を妨げると言う宗教的狂信からだと。もヒトツは、マリの重要な輸出産業のヒトツを破壊するための手段としての禁止だと。多分、戦士団は、泥棒の手を斬ったり、サケを飲んだ者をムチ打ったりするのと同様に、歌う人々をテロで脅したいのや。

音楽の禁止は、あるマリ人に言わせれば、空気を吸うのを禁止するのに似ていると。社会の絆のエッセンスであり、止まることを知らない権力への防波堤ともなる、音楽自体の持つ性質への怖れから来ていると。

マリの日々の暮らしの中の祭りの多くには、音楽家が居てはる。伝統的な物語歌手は、結婚式、誕生祝い、葬式などで、歌い、語る。でも、彼らの役割は、そのBGMとしてのエンタテイメントだけではない。

ンゴニという弦楽器、ヒトの喋りをマネするTALKING DRUMの名人でもあるマリの物語歌手、ヤクバ・シソッコがオレに語ったところでは、物語歌手(GRIOT)は、「人々の間に結合力を生み出し、マリ社会をシッカリ固める人間」なのだ。音楽はコトバでは伝えられない相互カンケイを創り出すのや。

音楽の無い世界は物語の無い世界。物語歌手は、何世紀も西アフリカ世界で、語り部と、TRUTH-TELLERS の役割を担って来た。彼らは地域の伝説と家系を識って居り、彼らの音楽によって、それが世代に受け継がれて行くのや。それはこの1月、TIMBUKTU の図書館で戦士団が焼却しようとした古代文書と同じもので、つまり物語歌手は歴史の貯蔵所であり、彼らの役割が失われれば、社会は過去とのツナガリを失うのや。

特に、字が読めない人が多いマリに於いては、新聞や本よりも、音楽が情報を伝えるダイジな手段なのだ。マリのヒップホップ歌手は、社会モンダイ知識を伝えているし、マリのラッパー、アムクレルは、フランス語と自分の方言バマナン語とのラップで「教育・勉強」という歌を歌っている。彼は学校システムの汚職に対しても「教育の場所と商売の場所をゴッチャにするな」と歌い、サベツに関しても「私立学校の設備はスンバラシイ。公立学校はヒドイ。ビンボー人は公立に行くっきゃない」と歌う。

アムクレルは、昨年戦士団が北部を占領する前から、「S.O.S」という歌で、この国のアブナイ状況に警告を発していた。「人々は怒る、夢は殺される、もはやナニを信じるべきかワカラナイ」と。彼はまた、「二度と再び」という組織を創り、音楽家を集めて紛争の終止を呼び掛けた。

この1月には、歌手ファトゥマタ・ディアワラが40人の歌手とともに、首都バマコで、平和ソングを録音し、これはマリの音楽世界でも稀に見る広がりと芸術性を記したのや。軍リーダーと政治家に向かって、彼は歌った。「今こそ注意しろ、じゃなきゃワレワレの子供たちは、この国のホントの物語を識らなくなる」

マリのこのハナシがワレワレに教えて呉れるのは、いかに音楽はダイジか、言うことだ。

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ウム。これは逆に、イスラム戦士団がいかに音楽を怖れているか、というハナシやんか。