「アベ日本のナショナリズム」2013/05/01

えー、アベ君だけど、ワメラ世代から見ると、チョイと右肩あがり、経済ならイイけど、外交の右肩あがりはヤバイ。外から見るとドーか?NYタイムズの社説をご紹介致す。

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「ヘラ鳥ウォッチング」

「JAPANESE NATIONALISM」(04/25)

「アベ日本のナショナリズム」(editorial)

12月に日本の総理大臣を継いで以来、安倍晋三とその保守派、自由民主党は、経済の回復、2011年の地震とツナミへの対処、北朝鮮など隣人とのトゲだらけのカンケイへの対処、など込み入ったモンダイの協議事項に手を焼いて来た。国外との論争を挑発したのは逆効果で、マサにそれは、安倍と、その内閣のナショナリスト仲間が引き起こした結果やんけ。

23日には、168名の下っ端議員グループが東京中央のヤスクニ神社に参拝した。この神社は、日本の戦死者の名誉を讃えるものだが、その中には、第二次世界大戦後、戦争犯罪人として処刑された数人が含まれるのや。これは最近の例としては国会議員の最大集団参拝やねん。日本のニュース・メディアは、安倍自身は神社参拝に行かず、祭祀料だけを捧げたと。しかし副総理他2人の大臣は週末に参拝した。安倍は第二次世界大戦中の日本の行動を弁護して居るのや。

安倍とその仲間は、これが中国と韓国にとって、どんなに敏感なモンダイか、よく識っている。両国とも20世紀日本の帝国主義とミリタリズムに苦しんだのだから、その反応は充分予想していた筈やんか。韓国は外相の日本訪問をキャンセルし、中国は公式に厳しく非難した。翌日、中国と日本双方の船舶が紛争中の東シナ海領域の小島に集結するに及んで、その緊張はさらに高まったのや。

日本も中国も、領域モンダイに関しては平和的解決に努力せねばよ。特に日本が、中国と韓国への敵対心を煽るなんて、ナントモ向こう見ずなことや。北朝鮮とその核開発計画モンダイの解決のために、スベテの国が協力して当たらねばならない、この時に当たって。

歴史の傷を悪化させるのではなく、アベは日本の未来に向かって、長期の経済停滞改善に務め、アジアのデモクラシー・リーダーとしての役割を強化せねばアカンぜよ。

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ウム。その通りやねん。アベ君の強がりは、チョイト方向音痴なんちゃうか?

「亡命後も、シッカリ生きてる活動家」2013/05/02

えー、中国の亡命者の行方について、《社会主義は偉大だ》の著者、北京在住の女性ライターLIJIA ZHANGが書いている。魏京生と陳光誠とを対比的に。ご紹介致す。

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「ヘラ鳥ウォッチング」

「EXILED, BUT NOT GONE」(04/30)

「亡命後も、シッカリ生きてる活動家」 LIJIA ZHANG

(北京・発)

多くの反体制者たちは、中国を出て亡命生活を送る中に、いつか忘れられて行く危険に曝されている。有名な反体制運動家、WEI JINGCHENG(魏京生)(1950~)の場合も、かつては、そのデモクラシーへの呼び掛けが、中国内外の多くの人々に刺激を与えたのに、1997年にアメリカに移ってからは、あまり消息を聞かなくなっている。

アタシの友人、盲目の活動家弁護士 CHEN GUANGCHENG(陳光誠)(1971~)が去年、自宅軟禁から脱出して最終的にアメリカで法律を学ぶことを許された時、彼も、そうした運命に陥るのではないかと、アタシは心配してたの。

でも最近、山東省の田舎にある陳の故郷を訪ねた時、彼の精神が生き続けているのを知った。彼が援助した人々の記憶の中だけでなく、彼らの多くが活動家になっていたの。陳からの定期的なインタネット連絡が、田舎の活動家たちに届いているわけ。これは魏京生が亡命した時とは全く違う世界だわ。

先月、アタシは、陳の弟を訪ねた。彼とは2000年の夏に、兄に付いて北京に来た時会っていた。当時、陳は医学生で、自分の家に近い公害を出す製紙会社の閉鎖に向けて戦っていた。そして飲料用の深い井戸を造るために、英国の補助金に応募出願していた。その盲人に引き付けられ、アタシは彼の正義への一途な要求について書く最初のジャーナリストになったの。アタシは彼のことを「裸足の弁護士」と呼んでいたわ。

陳の村に一番近い山東省臨沂市の停車場で、アタシは陳の弟の友人、LU QIUMEI サンに会った。34才、お喋り好きな女性で、CHAIQIANHU、つまり政府命令により家を取り壊された一人だった。

1時間ほどのドライヴの間に、LUは、2005年、取り壊しを巡る乱闘のために自分は流産したと話した。家を壊されても彼女の家族は、約束と違って一文も貰えなかったと。盲目の弁護士のウワサを聞いていたので、助けて貰おうと、その村で彼を探したが、保安警察に制止されたと。陳の劇的な脱出、米国への亡命後、彼女は陳の弟と友人になった。

結局、彼女はウェブ上のヴィディオ電話で陳と連絡が取れ、そのアドヴァイスを求めた。「アタシは光誠のコトバを決して忘れない《もし権利を盗られたら、闘って取り戻さねばならない》と」「ワレワレ臨沂市のニンゲンは、光誠のオカゲで、自分の権利を意識するようになった」

陳は裁判にどう対処したらいいか、そして弁護士と相談するようにと忠告して呉 れたと言う。周囲の人々は、だんだん陳に助けを求めるようになった、世界の向こう側に住んでいる陳に。十数年前、アタシは陳の弟と家族と一日話して過ごしたことがある。彼も監視されて居たが、兄のシゴトを実行しようと決心していた。(その後、彼の家族が地方役人にシツコク悩まされているとの報道があった)

最近、ヴィデイオ電話で陳光誠自身と喋った時、彼はいろんな国の人たちと連絡を取っていると言った。例えば、雑貨屋を営んでいる盲目の内蒙古人は、他の身体障害者の人権モンダイにチカラを尽くしていると。また、四川省の活動家グループとのヴィディオ会話で人権を守ることの重要さを伝えようと計画していると。「彼らはアナタと、どう連絡するの?」と訊くと、彼は笑いながら言った。「インタネットの時代じゃん、連絡を取ろうと思えばカンタンに出来るさ」

陳の積極的なアピールは、例えば強制退去命令などに対する具体的な対処法が、フツーの人々にインパクトを与えている、ハイブローなインテリの抽象的な主義主張と違って。

国際的舞台でも、陳の存在は薄れるどころではない。今までに彼は、多くの賞を受けている。その中には、NYの「人権第一組織」の年間賞も含まれる。この1月には、「ラントス人権賞」をハリウッド・スター、リチャード・ギアから授賞されている。その翌日には「中国の魂を探る」と言う講演をワシントンのナショナル・カテドラルで行い、スタンディング・オベーションを受けた。

人を元気付ける彼の物語(貧乏な盲目少年から、国際的弁護士に、活動家に、そして決死の脱出、その情熱とカリスマなど)は、なぜ彼が西欧人のイマジネーションに訴えるかを示してるわ。

昨夏、NY大学のキャンパスに彼を訪ねた時、アタシは校内でちょっと迷った。するとワシントン・スクエア・パークで、チェスをしていた男が、マゴついてるアタシを見て叫んだ。「盲目の弁護士をお探しですか?彼なら法律教室に居ますよ」

陳はアタシに言った。「刑務所の中でも、自宅監禁中でも、オレは節を曲げなかった。自由の国、アメリカでも、節を曲げない方法を見付けるさ」

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ウム。因みに、魏京生と陳光誠の間には、20年の世代差があるのや。

WEI JINGSHENG(魏京生)1950年北京生まれ。中国民主化運動に関わり、1978年北京の「DEMOCRACY WALL」に貼られた反・DENG XIAOPINGのエッセイ「FIFTH MODERNIZATION」で有名。このマニフェストのために逮捕され、「反革命分子」として1979~93年まで下獄。出獄後も、反体制活動を続け、1994~97年まで再下獄。1997年11月、医療の口実でアメリカへ追放。1998年、NY市にWEI JINGSHENG FOUNDATIONを設立、中国の人権改良と民主化を目的として。王丹と並ぶ活動家。

「大統領とガンタナモ刑務所」2013/05/02

えー、ガンタナモ湾刑務所、と聞くと、随分ムカシのハナシのような気がするが。でも、2001年以来、ズーッと此処に収容され続けのニンゲンが居てはるのや。時々、その存在の非合理性への批判が、オクビのように浮上するが、アメリカの対処はシドロモドロ。その辺のナンヤカヤを「ヘラ鳥」社説がつついている。ご紹介致す。

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「ヘラ鳥ウォッチング」

「PRESIDENT AND PRISON」(05/02)

「大統領とガンタナモ刑務所」(editorial)

★(オバマは、再び、ガンタナモ刑務所の閉鎖を約束している。なのに、囚人のハンガー・ストライキに対する強制摂食は弁護している)30日、オバマ大統領は、キューバ、ガンタナモ湾の刑務所について、重要なことをイッパイ喋った。それは、罪状ナシで人々を下獄させると言う、アメリカの正義の基準を嘲笑うものだった。ガンタナモが、2001年9月11日のアタック直後、ある人々の拘束を正当化するとしても、その理由は弱い。ガンタナモ維持は無理、閉鎖されるべきやねん。

ワレワレは、オバマが善処すると誓った時、最終的には彼がその約束を果たすだろうと期待した。しかしその後5年、彼は、とっくに清算され釈放されるべき囚人を移送する手続きを踏めなかったのや。議会に諮って、刑務所閉鎖の障害を取り除くと言うオバマの計画は、彼が直面している危機の緊急性を反映しなかった。30日朝、チャーリー・サヴェージはNYタイムズに記事を書いた。166名の囚人の内100名が、自分達の待遇と際限の無い拘束に反抗して、ハンガー:ストライキに参加して居り、21名が、鼻から喉を通じてチューブによる強制摂食を強いられていると。そしてオバマはこの処置を弁護している「オレはこの人たちを死なせたくない」と。誰だって殺したかないさ。

しかし、最近出された、拘束者の扱いに関する超党派のレポートでは、「強制摂食は虐待の一種であり廃止するべきもの」と。実際、ガンタナモ収容者は、どんな罪でも告発されて居らず、これからも告発されないだろうと。90名近くが、無罪釈放されて居り、他の大多数も裁判に掛けられないだろう、なぜなら彼らは拷問されて居り、アタックに加わった証拠は何も無いのや。6名だけが、軍事法廷での有罪に直面している。

ホワイトハウスの報道会見でハンガー・ストライキについて訊かれたオバマは、「ムズカシイところや。ワレワレとしては、ガンタナモはアメリカを安全に保つのに必要ではないと認識している。カネも掛かるし、効果的ではない。アメリカの国際的立場を傷付ける。

さらに、同盟国との対テロ協力効果を削ぐ。過激派側の兵士募集の道具に利用されてしまう。裁判ナシの永久拘束は、ワレワレの意志に反し、利益にも反する」と言う。

もし、オバマがホンキなら、閉鎖には2ツの手続きががある。オバマが高官を指名する。「政府のガンタナモ閉鎖政策が、ペンタゴン官僚ではなく、ホワイトハウスによって行なわれるように」オバマがヘーゲルに、無罪になった拘束者の移動を命じる。上院情報委員会の女性委員長、ダイアン・フェインシュタインが、オバマに、囚人の立場を早急に検討するように要請する。差当ってのモンダイはハンガー・ストライキだ。

このハンガー・ストライキは、オバマも弁護出来ない、絶望の末の行動やねん。それに対処するオバマの責任として、刑務所は閉鎖されるわけや。

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ヤレヤレ。悪名高くなったガンタナモ刑務所、閉鎖するにもペンタゴンとホワイトハウスの間のヤヤコシい手続きが要るワケだ。

たしかに、他国の人権蹂躙を批判するアメリカにとって、ガンタナモの存在は、なんとも具合ワルイものやんか。

ことテロに関しては「疑わしきは罰せず」とは行くまい。でもテロ直後の拘束から12年、材料不充分で罪が立証できないのなら、フツーの裁判なら「時効」ちゃうか。

ようワカランが、アメリカのこの不手際のモトは何やろ?ともかく、アチコチからの圧力にハサマって、早いとこ「不起訴」のまま、スベテを歴史の底に埋めてしまいたいのが、小ブッシュの尻拭い役、オバマの本心ちゃうか?

「ケイタイの危険な墓場」2013/05/07

えー、街を歩くニンゲンの1/3は、手にした小さなシロモノに呑み込まれながら歩いている。テメエのアイデンティティの危機とは気付かず。しかし、その小さなシロモノ自体も危険キワマリナイのや。オーウェルの予言が当たるのは何時?「今デショ!」

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「ヘラ鳥ウォッチング」

「WHERE DO OLD CELLPHONES GO TO DIE ?」

「ケイタイの危険な墓場」 レイラ・アジャアルー

(オーストラリア:環境科学&製品デザイン研究者)

★電子機器廃棄物によって増殖する有毒物悪夢。先進国だけのモンダイではない。

アメリカでは22ケ月毎に、ケイタイが変わる。2010年だけで、1億5000万ケの古いケイタイが廃棄された。それはドーなってるか?あんまり愉快な話やおまへん。

遠く離れた、多くはビンボーな地域、例えはガーナのアグボブロシーとか、インドのデリーとか、中国のグイユ(貴嶼)などでは、子供たちが電子機器廃棄物を山のように積み上げ、燃やして内側の銅線、金糸、銀糸、などの金属を抜き取り、リサイクリング業者に2足3ドルで売るのだよ。インドでは、小さな子供たちが、木槌でコンピュータ・バッテリーを叩き壊し、カドミュームを取り出すのだが、その小片の毒が彼らの手足に付着する。女性は、熱い鉛の上に屈んで回路基板を「料理」して内側の金から銀を除去する。国際環境保護団体グリーンピース、米国BASEL ACTION NETWORK、その他の組織がYouTubeにVideoを載せている。其処では小さな子供たちが、燃やされたケイタイからリサイクル用のプラスティックを分別しながら、その煙を吸い込んでいる。規制の無い産業の副産物としての不健康のゴンゲやねん。

殆どの科学者たちが、こうした環境に曝されることは、特に妊婦、子供の場合、重大な健康リスクにつながると警告しているのや。WHOのレポートでは、低いレヴェルでも、鉛、カドミウム、水銀に曝されることは、取り返しのつかない神経的障害を起こし、子供の発達障害につながると。第三世界の辺境では、電子機器廃棄物の規制が無く、有毒物の悪夢が増殖しているのや。アメリカでも、この5、6年、連邦刑務所囚人の廃棄物処理に、健康被害モンダイが起きてるのだ。アメリカでは、政府、製造者、消費者が廃棄物処理を改善し、廃棄物山積や、その処理が引き起こす危険を防止するための具体的な対策が講じられている。例えばアメリカは、有毒廃棄物の輸出や運搬を不法とするBASEL CONVENTION(バーゼル条約)を批准していない唯一の産業国だ。この条約を履行することが、有毒廃棄物のモンダイを抑制する世界的努力に参加する第一歩なのだが。

2011年、議会に提出された、電子機器リサイクル規制法は、OECDに加盟していない国々へのアメリカからの有毒廃棄物輸出を違法とするもの。その目的は、世界の貧窮国への電子廃棄物投棄を止め、自国内でも廃棄物の安全性への配慮を高めるためやねん。この法案は超党派で支持されたが、投票に至らないでいる。

EUは、製品の安全廃棄を、電子機器の生産者に責任付ける産業規制モデルを作った。その電気・電子機器廃棄指導は、販売者が、顧客から持ち込まれた廃棄物を、無料で受け取ることを義務付けている。その最終目標は2019年までに、EUの廃棄物の85%を、正しくリサイクルすること。同様に日本も、電子機器生産者に、コンピュータやケイタイからテレビや空調機まで、それぞれのリサイクル機構を設立し、または第三者にその権限を委任することを要求している。

政府や消費者の圧力で、メーカーが製品の最終段階モンダイを考慮に入れてデザインすることは、非常にヨロシイ。多くのケイタイは、分解が難しいようにデザインされている。
メーカーが、接着剤、ネジ、ハンダ付けなどで部品を合成する方法の変更は、廃棄されたケイタイを分解するのをカンタンにし、ガーナの子供たちがやってるような、未熟なリサイクル技術による危険を減らすだろう。

生産者にとっても、使用者にとっても、それ以外のニンゲンにとっても有益なデンワ・サーヴィスのビジネス・モデルがある。例えば、メーカーは前以てリサイクル・サーヴィスの付いた製品を売る。あるいは、ケイタイ使用者が古い機器を捨てるのではなく、新しい機器に取り替えるサーヴィス。ゼロックスも、写真コピーに関して、販売や利益目当てではない、同じようなサーヴィス・モデルを提供している。

政府の規制や企業の主導が無い場合、消費者が、使用期限を過ぎた製品にナニが起こるかを確定する役目を果たす。ケイタイや小型の電子機器は、製品の陳腐化を見越してデザインされている。でも、それが捨てられず長く使用されたり修理された場合はドーナルか?
消費者としてワレワレは、ハイテク製品に関して、より良い使用期限選択を要求するべきやねん。もし政府やメーカーがこのシゴトに応えられないなら、ケイタイ手にしたワレワレ何百万のアメリカ国民は、安全リサイクルを迫るべきやろが。

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ウム。ケイタイも原発も同じやんか。ニンゲンにとってベンリなシロモノは、耐用期限過ぎるとアっと言う間に、危険なシロモノに変わるのやねん。そして期限切れたシロモノから少しでもモトを取ろうと、そこに群がるのは、ガーナの少年たちだけでは無いのや。歴史テツガクを持ち合わせないリーダーの目ン玉は、便利と危険を見分けられないのや。

「CMってナニ?」(1)2013/05/10

えー、60年近く、CMに関わって来た。それで食べてきたのは紛れもない事実。
この辺でチョイとふり返って、時々、マジメ半分、CMのコトを考えてみるか。

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「CMってナニ?」(1)

★CMの価値の中心は、ニンゲン同士のコミュニケーション活性化に在る。
いわゆるマーケテイングの道具としての経済的な価値は、その次に来る。
そのことを、よく認識しているクライアントは、チャンとモトを取る。
目先のPR効果、販売促進にせっつくクライアントは結局、損をする。

★CMの作り手、クリエーターにとっても、事情は同じ。自分自身の価値観が先にあって、それに合わせて対象商品をPRする。クライアントの価値観は二の次でヨロシ。個人的(あるいは意志のよく通じ合ったチームの)積極的好奇心と興味ナシでは、社会にシッカリ届く表現は、まず生まれない。

★ハナシは半世紀ほど古くなるが、かつて加藤秀俊氏が、現代の消費者にとっては「広告によって紹介される興味よりも、むしろ広告それ自体に対する興味が先行している」「現代の広告は、モノを売るための手段というだけではないのである。広告は、広告のために、自己目的的な意味と責任をもっているのである。もっとラジカルないい方をすれば、ある広告によってモノが売れようが売れまいが、そんなことは、広告の責任ではないというぐらいの気がまえが、広告マンにあってもよいのではないか」と書いた。(1962年「月刊広告」12月号)

★そして、これに対してサントリー宣伝制作課長、今井茂雄氏が反論を書く。
「広告マンが、広告とはモノを売る手段だと開き直ることは錯覚だ、と加藤氏は言われるけれども、広告から、その本質であるコマーシャリズム、つまりモノを売るという機能をとりのぞいたら、広告は瞬間にこの世から消えてしまうはずである。あとに残ったものは、タワイもないザレゴトか、好事家のスサビものとなった何かにすぎない」(1963年「月刊広告」3月号)

★そしてこの論争を《価値転轍器》の中で取り上げた山本明氏は、「私は何も氏の愛社精神がいけないことだとはいわないが、現代の広告は、もはや一企業的ビジョンでは割り切ることのできぬ性質を持っているのである」と。

★さよ、そーゆーことなのだ。これを、当時流行りのマクルーハンとやらのご託宣でナゾれば「メディアがメッセージだ」と言うことやんか。


★序でに、山本氏の著書《価値転轍器》のテーマを、絞ってご紹介して置こう。

「今日の社会では、商品の流通ルートのほかに、もう一つのルートが必要になる。それは広告のルートだ。そのルートは、モノである商品をシンボル化すること、商品に意味を与えるルートなのである。商品のシンボル化とは何か。それは、商品の商品学的属性を離れて抽出される一つのイメージのことである。それはたとえば《ふしぎの国のアリス》に出てくるネコのようなものだ。アリスが道を歩いていると、木の枝に大きなネコがいて、ニヤニヤ笑っている。ネコはゆっくりゆっくり消えて行く。シッポの先から消えはじめて、胴が消え、脚も消え、最後にニヤニヤ笑いだけが残る。ネコというモノが消えて、後に残ったニヤニヤ笑いこそネコの抽象的シンボルに他ならない。商品が消えて、いわばニヤニヤ笑いだけを残すということが、商品のシンボル化なのである」

★さよ、上手い説明だ。ネコのニヤニヤ笑いだけを残すこと。これがクリエーターのシゴトなのだよ。

★因みに《価値転徹器》は1969年、誠文堂新光社から発行された「ブレーン・ブックス」シリーズの一書で「シンボルとしての広告」とサブタイトルされてる。