「再就職のムズカシサ」2011/09/03 14:24

えー、久しぶりにクリストフ君のコラムが2日連続。1本は故郷オレゴンでのヴァケーションで、知人友人の失業レポート。もう1本はリビヤの人権モンダイをどう見るか?

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「ヘラ鳥ウォッチング」

「GETTING BACK TO WORK」(09/01)

「再就職のムズカシサ」 ニコラス・D・クリストフ

(オレゴン州・ヤムヒル発)

NYやワシントンでは、話題はモッパラ債権と政治闘争やねん。しかし此処、オレが育ったオレゴン州ヤムヒルの居間やベランダでは、それとは違ったハナシが友人たちと朝まで続く。失業のハナシやねん。

オレは夏休みいっぱい、古い友人たちを訪ねて過ごしたのだが、アメリカの政治家たちも、ジャーナリストたちも、失業モンダイを置き去りにしている、と感じざるを得ない。

2500万人もの国民が失業または不完全雇用状態なのだ、この数は労働人口の16%以上に当る。なのにこれが十分に国の協議事項になって居ないのや。

アメリカ国民に、一番シンパイなことは、と聞けば、答えはシゴトや。オバマのトゥイッター「タウン・ホール」でも人々が最も尋きたいモンダイは、断然、シゴトなのや。なのに、ここ2週間、ホワイトハウスの報道と言えば、モッパラ共和党との政治闘争ばかり。

5月のナショナル・ジャーナル紙の研究でも同じようなことや。「失業」に関する新聞記事はこの2年間でアキラカに減っている。「赤字」への言及は激しいのに。

オレがヤムヒルの家族農地に戻った時、ごく親しい隣人も、2500万人の失業者の一人だったのや。テリー・マガードは、地下の、ガスや電気やケーブルラインの検査員として15年間働き、時給20ドルだった。2008年後半の景気後退で、彼は他の老齢者とともにクビになり、時給9ドル乃至10ドルの若い労働者が雇われたのや。

テリーはアチコチ職探しをした。マクドナルドにも行ってみた。でも56才の男を雇ってくれる相手は無かった。「2年間の職探しで、たった1回、フランス料理のシェフが出来るか?と聞かれたぜ」と彼は想い出して笑った「ウイ、と言ったさ」

けれど結果は「ノン」だった。そこでポメラニアンの飼育でナニガシカのカネを稼いでいるものの、今はカミさんの稼ぎが主になっている。しかし彼女もコミュニティ・カレッジのシゴトが何時ポシャるか分からず、夫婦の生活水準はガタ落ちになってるのや。

「オレのライフスタイルは100%変わったぜ」とテリーは言う。「バーベキューで、リブ・ステーキを焼くのがキマリだった。今焼くのはホットドッグさ。最近、外食に行ったのは何時だったかね」

マガートの、もひとつ向こうの隣人は64才のエルマー・マックーン。かつては建設会社の正社員だったが最近は警備員として働いている。2008年に会社が人員整理した時、親切な社長は、1週にひと晩だけ働かせて呉れ、オカゲでエルマーは医療保険を維持出来ている。

もう一人の友人、ジェフは28年勤めたシゴトをクビになった。大きな打撃は経済的なものより心理的なものだと言う。職探し上、マズイのでフルネームを名乗るのはカンベンしてくれと言う。朝起きた時、今日一日、行くところが無いと思うとゾっとすると言う。家族の医療保険も切れているのや。

もっと多くのヒトがもっと働き、税金を支払い、ローンを払わない限り、経済不況や長期債権に対処するのは困難やんけ。債権は法的には長期間のモンダイだが、緊急の優先モンダイは人々の再就職やろが。今、アメリカでは、ヒトツの就職口に4人以上の失業者が群れる。失業期間が長引けば、それだけ再就職もムズカシくなる。

オバマ大統領は、最近シゴトの創出についてタダシイことを言っている。でもそれはあまりに屈従的、貧血的だ。一方で共和党はまるでマチガッタことを言っている。

失業に早急な対処法は無い。でも政府は、一時的にだが、予算を教師のクビ切り救済に使っている。ワレワレは、AmeriCorpsのようなサーヴィス企画への支出を増やすべきやろ、これも応募者過剰だが。そして、12月末で切れる給料減税制を延長して欲しい。アキレタことに、共和党は、この基本的な経済刺激策に本能的に反対してる。テイパーティ連中は、ホンキで億万長者の減税にサンセイし、労働者の減税にはサンセイしないってか?

オバマさんよ、失業で苦しんでいる2500万のアメリカ国民のために、国家の第一のモンダイとして、シゴト増やす戦闘を、さよ、マサに戦闘だ、やって呉れないか?

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ウム。故郷の隣人の失業レポート、ナマナマしいやんか。クリ君の、共和党、ティパーティへの反撥は当然やろ。野党が国民の困窮を人質に取って、与党を脅迫するってのは、どの国も同じ、能の無いアホなハナシやねん。

「アメリカさんよ、ありがとう!」2011/09/06 03:03

えー、クリストフ君の2本目のコラムは、リビヤ・トリポリから。故郷での夏休みもソコソコに、もう現地に飛んでいるのや、何時ものことながらエネルギッシュなご仁や。

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「ヘラ鳥ウォッチング」

「'THANK YOU,AMERICA!'」(09/02)

「アメリカさんよ、ありがとう!」 ニコラス・D・クリストフ

(リビヤ・トリポリ発)

アメリカ人は、アラブ世界ではいつも英雄扱いというわけじゃない。だが、キリの無い祝賀が続くリビヤの首都トリポリで、オレは一般市民の中に入り込んだ。オレがドコから来たか分かると、彼らは熱烈に同じフレーズを繰り返すのだよ「サンキュー、アメリカ!」

31日の朝、オレが緑の広場(今は殉教者の広場と改称されているが)からホテルに歩いて戻る途中、勝利のシンボルたるリビヤ国旗を巻いたクルマが停まり、乗れと言う。「ボクは一緒に喜びたいんだよ」運転していた21才のセールスマン、サフィアン・アル-ガリアーニは説明した。で、オレがアメリカから来たと分かると「サンキュー、アメリカ、サンキュ、オバマ」と。

リビヤの困難は始まったばかり。各部族をヒトツにまとめ、市民社会が抑圧されて来たこの国でデモクラシーを育てるには、ヘラクレス的な力業が必要だ。リビヤの実験は失敗するかも。でも歴史的なこの瞬間を味わいたいじゃんか。人権守るために軍事介入したという珍しい例やねん。そして成功している、今のところは。

オバマ大統領は、殺戮を避けながら、ワルイ政府を転覆させるという大きなカケをした。この教訓、シリアやイエメンには向けるべきではないとオレは思う。リビヤは軍事力が人権を前進させたマレな例なのや。

オレはチュニジアからトリポリまでクルマで来た。途中、まだキケンな場所も通った。神経質な反乱軍(中には少年兵も居てはった)がアチコチに検問所を設け、給油所には長い列が出来ていた。でもこの2、3日で大きく改善された。多くの道路と商店が回復して来たのや。今やトリポリはかなり安全だ。イチバンの脅威はカダフィ軍ではなく、反乱軍が自動小銃を空へ向け、ヤタラと祝砲を撃つことだった。

一番ココロを打たれたのは、ほとんど略奪が無いこと。それと、カダフィに忠実な家族への報復が少ないこと。

アメリカ贔屓は今やアタリマエ。オレが特に感動したのは、西部のズワラに近い町で、反乱軍兵士から訊かれた時や、ニューヨークは大丈夫かと。オレが戸惑っていると、「イレーヌさ、ハリケーンに襲われたやろが」そして彼は、ナニか役に立つことは無いか、と言ってくれたのや。

「アメリカが居なければ、オレたちゃ此処に居られなかったぜ」イスマイル・タウィールというビジネスマンは、殉教者広場でオレに笑顔を見せながら言った。「リビヤとアメリカがもっと仲良く出来ればイイのにね」「リビヤは世界にもいちど参加したいのさ」というのがみんなの共通のコトバだった。

石油カンケイ技術者、ベルガシム・アリは、「オレたちを保護してくれたアメリカに感謝したい。アメリカが居なかったら、祝福どころか、墓場に居たろうよ」と。そこでオレは彼に話した。多くのアメリカ人は、リビヤに介入するよりも、国内の経済モンダイを解決すべきじゃないのかと、オバマを批判しているのだと。すると彼は苦しげに言った。「大事なアメリカのカネ。オレたちはお返しするぜ。オレたちゃカネモチなんだから。アメリカ軍の支援が無ければ、大勢のリビヤ人が殺戮されていた筈だ。それを考えなきゃよ」

リビヤ人の中には、初めはアメリカの介入を信頼出来なかったと言うヒトも居てはった。イラクのように、戦乱でズタズタになるのではないかと。胃袋と腕に傷を負っている24才の学生、ハイセム・アーメドは、介入が主に人道的なものだという説に反論した。「オレたちのためじゃない、石油のためや」と。しかし一息吐いて続けた。「でもオレはアメリカが好きや。自由の国やんか」そしてカタール、チュニジア、フランス、英国と言った外国の支援にも感謝していると。

オレたちアメリカ人は軍事介入をマチガイかなと考える。ヴェトナムとイラクの傷が未だ疼くのや。リビヤ物語の最終章はまだ書かれていないじゃんか。アメリカは場合によっては暴力を避けることが出来ない。海外より国内のモンダイに集中すべきだと言うマットーなギロンもある。いずれにせよ、アメリカの軍事力行使は必然的にシッチャカメッチャカになる。

でもオレとしては、いつの日か、リビヤが軍事力を備えて人道主義を推進出来ると思いたいのや。これはアメリカが国際的に一地域を支援した例外的なケースや。シリアやイエメンと違うのは、リビヤがアメリカの多数国参加の軍事介入に絶対的な好意を持っていることやんけ。

人道的介入と言うのは、一番紛糾し易い対外政策のヒトツや。いずれまた起こるやろ。今後はリビヤの教訓をココロに留めにゃよ。首尾一貫して誰も助けないよりも、シッチャカメッチャカでも誰かを助ける方がマシとちゃうか。

「方向転換のアルゼンチン・タンゴ」2011/09/06 09:09

えー、アルゼンチンの経済が今どうか、なんてワメはまるで識らない。日本の新聞紙もあまり取り上げない。アメリカが見習うべき「方向転換のタンゴ」というタイトルに釣られて、ご紹介致す。たしかにタンゴにはクルリと逆回するPIVOTというステップがある。

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「ARGENTINA'S TURNABOUT TANGO」(09/30~04)

「方向転換のアルゼンチン・タンゴ」 イアン・マウント

(ブエノス・アイレス発)

アルゼンチンは、経済病についての教訓を提供してくれる世界最後の国のヒトツやねん。かつては世界第8位の経済大国だったのに、何十年かの抑圧的独裁政治とトリトメの無い市場実験のセイで、アルゼンチンは20世紀を通じて確実にズリ落ちて行った。2001年、1000億ドルの国債償還不能によってトドメを刺され、3800万の国民の半数が酷いビンボーに沈んで行ったのや。

しかしその後、アルゼンチンは経済的Uターンを演出した。ラテン・アメリカ諸国以外にはほとんど注目されないが、しかしアメリカにとっては大きな示唆となるべき達成を遂げたのやねん。

今もモンダイは山積や。しかしアルゼンチンの経済は、この8年間で7年も、6%以上の成長を遂げている。失業率も20%だった2002年から、今は8%に減っているし、ビンボー状態も、この10年で半減しているのや。今年は新車を80万台を購入しているし、高価なメンドーザ・ワインも良く売れている。プラズマTVやブラックベリーも、都会中産階級の定番商品になっている。

アルゼンチンの繁栄回復にはややラッキーな面もある。商品価格の高騰が、このトウモロコシと大豆生産国に恩恵を与えた。でもアタマのイイ経済施策も役に立ったのや。

政府は通貨価格に介入して低く抑えた。それは輸出価格を安く、輸入価格を高くして地方産業の景気を煽ったのや。そして輸入輸出双方に課税した。それが一般社会のシゴトにカネを回すことになり、財政支出を、2003年のG.D.P.の14%から、現在の25%に増やした。その結果、40万戸の低所得者用住宅が、ロザリオからコルドバへの高速道路とともに建設されたのだよ。

社会保障ネットも強化された。2009年に始まった「一般児童手当て」は、190万の低所得家庭に、毎月児童一人当たり42ドルを支給し、それはそれで消費を増やすのや。手当ては児童の小学校就学に役立ち、長期的に国家の教育制度を改善する。

これは政治的にも結果OKや。クリスチナ・フェルナンデス大統領は最近の予備選調査で他の9人の候補を抑え、50%の得票を取っている。

アルゼンチンではナゼ、大きな政府が支持されるのか?ひとつには、それまでのキビシイ財政カットが成長の妨げになっていたからや。これは今、財政カット、小さい政府一辺倒のアメリカ保守派が再考すべき教訓とちゃうか?

1990年代の終わりにアリゼンチンは、借金先のIMFの命令で、財政支出をテッテ的にシボった。予想通り、アルゼンチンの経済は20%も縮小した。このキビシイ命令に背を向け、債務不履行をキメた時点から、経済回復が始まったのやねん。

モチロン、アルゼンチンの施策は不完全や。輸出入に掛かる税金は海外からの投資にブレーキを掛け、財政支出の増加はインフレを20%も押し上げる。またアルゼンチン独特のモンダイもイッパイ。汚職、政府の不透明さ、独裁傾向、容赦のない税金取り立て、不愉快なインフレ数字にチョイと手心加えること、ナドナド。しかし、アメリカが、債務不履行までアルゼンチンを追い掛けているのはお笑いだべさ。

とにかく、アルゼンチンは価値ある教訓を提示している。例えば、スタッグフレーション時に極端なコストカットすることは、成長を邪魔するだけ。地方産業や失業手当てなどを増やしながらの政府支出は、ソヴィエトのパロディにはならないのや。そのカネは平均的市民のフトコロに入り、経済に刺激を与えることになる。支出カットは、前以てではなく、時代の改変時に行なわれるべきやねん。

1990年代後半のアルゼンチンのキビシイ抑制政策と、2000年代の高成長の間の大きな違いが、経済再生のテストケースとして注目される。

アメリカ政府は、これをヒトツの手本とすべきやんか。

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ウム。振り返れば、90年代後半、IMF大本営を中心とするアメリカ・ユニラテ金融攻勢は、ラテン・アメリカ、マレーシアを除く東アジア諸国を、不利な投資市場に巻き込んだ。ニホンも結局は巻き込まれるカタチで不毛の10年に突入したやんか。アメリカ自体が、その延長上で、投資銀行の無責任な住宅債権商品化で、2008年の経済大崩壊を演出した。その年に就任したオバマが、小ブッシュ共和党の「BUY NOW.PAY LATER」式ハチャメチャ経済政策の尻拭いをさせられてる図やんか。果たしてJAZZとROCKのアメリカが、タンゴの旋回ステップが踏めるかどうか?

因みに、このコラムの筆者には「世界の終りの葡萄畑」なる著書がある。

「ある反カダフィ・リビヤ人士官物語」2011/09/06 12:13

えー、クリストフ君、今度はリビヤのタジュラに移動してのレポート。

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「A LIBYAN PRISONER'S STORY」(09/05)

「ある反カダフィ・リビヤ人士官物語」 ニコラス・D・クリストフ

(リビヤ・タジュラ発)

この春、彼は、リビヤ軍に関するオレの情報源だった。一士官として、カダフィ周囲の上級将校内での不平不満の情報を、ヒソカにオレに流してくれたのや。リビヤ革命が広がると、彼は爆弾や密輸武器をトリポリに持ち込み、カダフィ政府の転覆を支援したのや。

しかし、47才のこの男、サレム・アル-マドゥーンは、3週間前、カダフィ軍に自分の衛星通信装置を発見され、逮捕された。オレはその緊急報告を受けた。多分、既に拷問受けているか、処刑されているに違いない、とおれは推測した。此処に着いて直ぐ、オレは未亡人を慰めに行った。でも、それは必要なかった。反乱軍がトリポリのアブ・サリム刑務所を解放した時、マドゥーンが見つかった。拷問で骨と皮だけになっていたが、生きていた。今や彼はタジュラのヒーローや。トリポリ郊外の彼の事務所と家で、ナゼ彼が、政府転覆に助力したのか、その全部のハナシを聞いた。

マドゥーンはフランスで電気技師の勉強をした。そしてエンジニアとして海軍で位階を上げて行った。2月にリビヤ革命が始まった時、彼の艦船はベンガジ攻撃の指令を受けた。しかし彼は、逃亡を企てて艦船をマルタに向けたのや。その時彼は、仲介者を通じてオレに、海上でアメリカの保護を受けられるかどうかと尋ねて来た。オレはデンワ連絡は取れなかったので、自分のブログで、オバマ政府宛てに、亡命求めるリビヤ艦船に安全を与えてくれるよう要請した。しかしその時、彼は仲間の将校から自分が逮捕される寸前だと聞いて、計画を変えたのや。彼は艦船上でヴィデイオを撮り、自分の亡命を宣言し、他の将校連に、この反乱に参加しないかと呼び掛けたのだ。

当時オレはカイロで、タハリール広場での革命を取材していたが、大緊急のデンワを受けた。そのヴィディオを放送出来ないかと。オレは、それは承知だが、彼の家族は大丈夫かと聞いた。彼自身は身を隠しているが、カダフィ政府が彼の身重の妻と3人の子供に仕返しする危険はないか、慎重に考えた方がイイのではないか、と。

「そう、アタシはその時、彼にそれは大マチガイだと言ったのよ。なぜヤル前に、もっと良く考えなかったのよと」彼の妻は後に振り返って語った。

やや気弱に、マドゥーンは、自分の名前は一切出さないでくれと言って来た。で結局、ワレワレはヴィディオを放送するアイディアを捨てた。彼は家族とともに姿を隠し、地下レジスタンス組織を支援し始めた。

1200人ほどで組織された反乱軍とともに、彼は武器を小舟で密輸し、治安設備を爆破した。また目標地図をフランス政府に送って、NATO軍の政府軍事施設爆撃につなげたのや。

リビヤ女性は、ほとんど注目されなかったけれど、反乱のウシロで重要な役割を担っていた。11才と14才のマドゥーンの娘たちも、他の家族がモスクや小学校に吊した反抗メッセージ書き込んだ反乱軍旗を、ボランティアで繕う手伝いをしていたのだよ。

「カダフィと闘うべき時よ」マドゥーンの18才の姪レハブも叔父に言い、地下組織のどんな仕事も引き受けた。エンジニア学生として、完璧な英語を喋れるレハブは、トリポリのアチコチに反・カダフィの落書を描き散らし、時としてその英語によって、外人は反乱派が健在なことを知ったのや。また彼女はエンジニアの能力を駆使、政府側がブロックしているインタネットに情報を載せ、外の世界にメッセージを届けたのやねん。

5月に彼は警察の捜査に引っ掛かったが、ただの野菜販売者だと言い張った。4時間殴られて釈放された。しかし8月10日、警察が彼の隠れ家を発見、彼の世界は崩壊した。

「逮捕された時、オレは殺されると覚悟した」と彼は振り返る。カダフィの息子の一人の目の前で、尋問の電気ショックを掛けられた。「拷問に耐えられたのはコーランを暗誦し続けたオカゲさ」そして彼は決して名前を名乗らなかった。2週間も経たない内に、反乱軍が刑務所に雪崩れ込み、マドゥーンを、解放されたタジュラ地区の軍司令官に任命したのや。今や彼にはボディガードが付き、近所を歩くと熱狂的な歓迎を受ける。

アメリカは、誰がリビヤのリーダーになって、国をまとめて行くのかとシンパイしてる。実際、いろんなリーダー連が居てはる。でもオレはマドゥーンに会って確信を持ち啓発されているのや。リビヤの未来にナニが待ち構えているかを知るのは不可能だ。しかし、マドゥーンの物語は、チュニジアからシリアまで、アラブの春の可能性に開けられた窓やねん。さよ、この運動は FACEBOOK や TWITTER のオカゲではある。けれど多くの人がイノ チを失くし、手足を失っている。ラクな革命ではないのだよ。

マドゥーンは、このシンドイ活動が手始めに過ぎないことを識っている。でも彼は楽観的だ。リビヤが多数政党の近代デモクラシーを建設出来ると。そしてオバマ大統領がトリポに来てくれれば、お礼を言い、全アメリカ人に支援を頼みたいと。「オレもいつかは死ぬさ。でも生きてる限り、神とNATOに感謝したい」

「リビヤに希望の光を見た」2011/09/16 17:13

えー、ワタクシゴトながら、ちょいと頚椎痛めて先週は身動きならず、キーボード叩けずU-MAIL休みましてん。ソロソロ様子見ながら再開致しまする。

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「ヘラ鳥ウォッチング」

「FINDING HOPE IN LIBYA」(09/09)

「リビヤに希望の光を見た」 ニコラス・D・クリストフ

先週、チュニジアからリビヤに入る時、エイマンという名前の反乱軍兵士が、オレがヴィザを持っていないと文句を付けた。アンタ方がヴィザを発行する政府を転覆させたからじゃないか、とオレは反論した。でも、こうした場合、銃を持ってる方が勝ちなのやねん。しかし結局、彼を故郷のザワラまで、オレのクルマに乗せてやるという解決法でヴィザの要求は消滅した。

こうした事件は、多くのアメリカ人に、リビヤ反乱軍への恐怖を生む。彼らは暴力好みで、また独裁者を造り出して混沌に至るのではないかと。

特に、アフガンのカルザイ政権を支援して、汚職まみれの周辺を見た後では、リビヤの反乱派も同じようなものではないかと思うのもムリないところやろ。シッチャカメッチャカ具合は同じや。でも、今回のリビヤ訪問で、オレはかなり楽観的になった。

特に印象深かったのは、首都トリポリで、復讐的殺人や略奪の数が少なかったこと。反乱軍兵士が拘束者を処刑したり、カダフィ派に雇われたアフリカの黒人が手酷く扱われたりという事件がほとんど無かった。憎しみの対象たる政府に雇われた人々がイジメられることが、ほとんど無かったのや。

オレは多くのリビヤ人がチュニジアに逃げるのを見た。その多くはカダフィ派だった。でも、反乱派はチェックポイントで彼らを拘束したり、持ち物を掠奪したりしなかった。オレの知るかぎり、カダフィ派が残して行った住居やゼイタクなクルマなどに、隣人たちも反乱派も手を触れなかった。さらに言えば、武装した反乱軍のチェックポイントを通り抜ける時、オレは一度も「バクシーシ」つまり「袖の下」を要求されたことは無かった。

そして反乱派のリーダーシップは心強い。反乱派の臨時評議会の首相マームード・ジブリルは、ピッツバーグ大学で博士号を取得、教授として勤めていた人物。また、評議会の議長ムスターファ・アブデル・ジリルは、元法務大臣で、カダフィに対し、政治犯の釈放を求めていた。金融大臣アリ・タルフーニは、ワシントン大学の経済学者。

アメリカ人の中には、イスラム過激派がリビヤを乗っ取るのではと苛立つ向きもある。しかし、イスラム教原理主義者と関連を持つ反乱派リーダーはほとんど居ないのや。

例外として、トリポリの軍司令官アブデル・ハキム・ベルハジは、2004年にCIAに拷問受けたと。しかし、オレの仲間、NYタイムズのロッド・ノードランドに語ったところによれば、スベテ赦す、リビヤ革命に於けるアメリカの役目を評価すると。正直言って、リビヤ政府の代表には、ベルハジのような原理主義者も含める必要がある。彼はカダフィ政権に対して勇気を持って立ち上がったのや。今、リビヤのムードは、イスラムも容認、西欧も容認なのだ。

そして、ウエスト・ヴァージニアから母国リビヤに戻って来た脳外科医のライダ・マザグリ博士も居てはる。反乱派が制圧した地域で患者の治療に当った。しかし、カダフィ派に拘束され、5ケ月音信不通で殺されたと思われていた。しかし反乱軍が博士をトリポリの牢獄から救出し、アメリカに戻ってウエスト・ヴァージニアで熱狂的歓迎を受けたのや。

トリポリの雰囲気は、おおむね寛容で、デモクラシーに向かう元気がある。ベルガシム・アリという技師は言う。「オレたちゃ自由さ。カダフィを支援する新聞を作ろうぜ。いいじゃんか、でも独裁はナシでよ」

反乱派が小さな武装グループに分かれているのは事実だ。ある連中は反乱派評議会に目を向けている。全員、政治に関しては経験が無く、内輪モメが多い。でも、それぞれの武装グループを整合して、カダフィの故郷スルトなどの町を、降伏させるべく調整している。単に銃をかざして行進するというのではなく。また、リビヤの新政府は、数百億ドルの凍結資産や、リビヤを富裕な国にしていた石油資源を手にする可能性を持っているのや。

オレは、ジェノサイドや大量虐殺を避けるためのヒューマニスティックな介入を信じる。だからワレワレの爆撃キャンペンを正当化したい誘惑と戦わにゃならん。ベンガジでのNATOの武力介入が膨大な数のリビヤ人のイノチを救い、この国に希望を与えたとオレは思うのや。アメリカ、フランス、英国、カタールのような国々は、歴史的なシゴトを成し遂げたんちゃうか。国益ではなく、ニンゲンのイノチを保護する軍事行動によって。多くの悪が依然ノサバる世界で、リビヤは、被圧政的過去から、より良い未来へ向かって悪戦苦闘中なのや。

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ウム。欧米のリベラル派のココロの隅には、「デモクラシー」「ヒューマニズム」を旗印にしながらも、後進国への武力介入に対する忸怩たる想いが垣間見られる。このところ、「アラブの春」に対する評価も、コラムニストによってマチマチにバラケてる。

さよ、大風呂敷ヒロゲて言えば、西欧起源の「デモクラシー」「ヒューマニズム」「シホン主義」などの再評価、と言うより、根本的減価償却が必要な時期に至ったんちゃうか。