「ブレイヴィク擁護者も居てはる」 ― 2011/08/02 16:13
えー、ノルウェイ・テロの続き。アメリカ保守派から一種の擁護論が出てきている。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ヘラ鳥ウォッチング」
「A FAMILIAR VIRUS」(07/30)
「ブレイヴィク擁護者も居てはる」 ティモシー・イーガン
目まぐるしいメディア時代、この事件はアメリカの多くの粗野な過激派同様、殆ど注目されずに来ていたのだが。テロリストに虐殺されたノルウェイの子供たちの遺体は、まだ完全には処理されていない。そんな時、グレン・ベックは彼らをナチスの犠牲者と比較。
ノルウェイの労働党の子供たちが、サッカーや水泳や政治討論や講義のために集まったサマー・キャンプは「チョイとヒットラー・ユーゲントに似てやしないか?」とグレン・ベックは全米放送される自分のラジオ番組で語ったのや。
いや、ベックは68人もの殺戮を正当化しようとしているワケじゃない。ただ、自称キリスト教騎士、ブレイヴィクに処刑された若い連中の人間性にケチつけてるだけだ。しかし、「炎」なるタイトルのベックのウェブサイトは、何の罪も無い大勢の人間の殺戮を正当化するギロンでイッパイやねん。混乱したアメリカの聴衆からの反応がテンコ盛りや。
25日のサイトに、ブレイヴィクは「狂気」であるという弁護士のハナシが載せられた。それに対する最初のコメントは:「オレは彼のキモチが解る。自分の国をココロから愛しているのや。だから自分の国のブンカが、政府が導入したマルチ・ブンカによって、崩されて行くのを見てガマンならず凶行に及んだのさ」同様な書き込みは多い。「オレも同じキモチやねん。彼は《真実》を語り、それを《実行》する根性を持っていたのや」
犯行のウラにある《真実》について、パット・ブキャナンは、「アメリカ保守派サイト」にこう書いている。
「キリスト教的西欧に対し、次第に数を増し、14世紀に3回もヨーロッパに進攻したイスラム世界との間の紛争に関しては、ブレイヴィクは全く正しい」
つまり、この狂人はナニかに気付いていたのだと。
こうした見地からして、ブレイヴィクをガイジン恐怖症でカタマってしまった孤独な狂人として黙殺するワケには行かないのや。彼を狂人と呼んで片付けるのは、彼にとっても、ワレワレにとっても、ヨロシクない。イスラム、移民、そしてこの国を指導するノルウェイの議員連に対するブレイヴィクの憎悪は、平和な国に移植された、誰にも身近かなヴィールスなのやねん。
世界をオドロかせたテロリストが、イスラム過激派ではなく、青い眼、金髪の北欧人と分かった時、憎悪はスベテ外側の宗教的過激派から来るものと思い込んでいた連中は、アワテテこの事件を別の箱の中にし蔵い込んだのや。この犯行を、イデオロギーではなく、悪(EVIL)に関するものとする批評もある。
しかし、それは両方だべさ。ブレイヴィクは、テメエの暴力を、ジハードをネジ曲げた、キリスト教ヴァージョンと意味付けている。「オレは神に祈った。欧州キリスト教の保全のために闘う戦士多かれと」
オレは、太平洋側のアメリカ北西部に住んでいる。北欧の伝統の強い、政治的には進歩的地域だ。多くの欧州同様、あまり宗教的ではない。事件後、500人もの人たちが、シアトルの北欧文化博物館に押し掛けた。涙を流し、祈りながら、推し量れない状況を推し量ろうとしていた。自分の国の子供たちを撃ち殺すなんてことが、どーして出来るのか?
さよ、ヒトツの答えは、あらゆる理由を超えて、悪(EVIL)が魂を殺したのだ、と。もうヒトツは、政治的に、彼の憎悪を、より大きな物語の中に位置付けること。今週、ヨーロッパ全域の反・移民グループが出したコメントを見てご覧。ブキャナンやグレン・ベックの追従者は、殺戮を歓迎するところまでは行かないが、ブレイヴィクのテロを、政府のリベラルな政策が、そうでなくても減りつつあるヨーロッパの人口を、さらに薄めてしまう、というフラストレーションからの行動と理解している。
「オスロで起こったことは、ヨーロッパのある人々が、いかに絶望的になっているかを示しているのやで」極右団体《英語防衛連盟》のリーダー、ステファン・レノンは、共同通信社に語っている「これは時限爆弾だったのさ」と。
イタリーでは、欧州議会議員で、反・移民北部連盟に属するマリオ・ボルゲッチオが、ブレイヴィク哲学の多くの主張に、手放しの同感を表明している。「彼の理想は偉大だ、暴力を除けば」
この種の論説を無視するべきではない。それがグレン・ベックのサイトの下水道出口から流れ出たものであろうと、欧州議会議員から出たものであろうと。コーラン読むことが、なぜ自爆テロリストにツナガルのかを、正常な人々が理解するべきなのと同様に、こうした論説も検証されなければならない。
ヨーロッパやアメリカで、イスラムが、より大きな存在になるにつれて、ブンカ的紛争が西欧の大きな試練になることはマチガイない。それは戦争ではない。その戦場は議会であり、遊び場(PLAYGROUNDS)であるのや。サウディ新聞のコラムニスト、サブリア・ジョハールは言う。「ブルカ(顔隠しヴェール)を禁止することは、イスラムと非イスラムを離反させることになるわ。でも、西欧では、ブルカを着けることは単に愚かしいことなのよ」
さよ、これが西欧の伝統やねん。論議、理性、市民法が宗教的なものを打ち負かすのや。ノルウェイ首相、ストロテンバーグが、傷ついたこの国を、「さらなるデモクラシー」によって抑制して行くと主張したのは心強いかぎりやねん。
そうでなければ、ブレイヴィクと、彼の憎悪するイスラム双方が、それぞれの神の旗の下で戦争するっきゃないやんか。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ウム。ブレイヴィクはたしかドコかで、60年経ったら、自分の行動のイミが分かるだろうとノタマってた。狂気の中に真実の予言が埋められているというワケか。
この事件からワメが連想したヒトツは、市ケ谷自衛隊本部で、司令官を斬って自刃したミシマ・ユキオの例やねん。この場合は仮想敵がハッキリしない。アメリカでもないし、当時、反体制学生のターゲットだった自民党政府でもない。天皇に体現される日本ブンカの危機、つまり《文化防衛論》というのが題目だが、今から見ると、実際の政治世界からは遊離した、自分のブンガク上のイメージを屹立させるのが目的の行動だったとしか。
その前年に繰り返した、一橋や早稲田の学生との対論から見ると、1970年11月のあの日に合わせて、スベテを収斂させて行ったようにさえ思える。一般的にはその真意は測り難い。
それに較べれば、ヨーロッパがイスラムに席捲される未来、と言うのは確率の高い恐怖やろ。果たしてブレイヴィクが「予言者」になるかどうか?そんなことはドウデモイイ。
もうヒトツは、ブレイヴィクと「秋葉原事件」犯人の相似やねん。ドッチも自分のサイトの中にテメエのヴァーチャルな全人格を造出、「他者」との対話・接触による自説の検証をネグっている。これはごく今風の、メカ耽溺ニンゲンによる妄想犯罪に過ぎない、とワメは断定する、狂気の中でしか見えない未来が在るかもしれないが、という但し書き付けた上で。なんちゃってエラそーに。
★グレン・ベック(GLENN BECK)
1964年生まれ。FOX系保守派ラジオ・ホスト。テレビ・ホストも。政治評論家。作家。NYタイムズでのベストセラー6冊。
伝統的アメリカの価値観擁護者と称賛される一方、その陰謀論的言説を批判される。小さい政府論者。銃規制反対論者。地球温暖化がニンゲンの活動のセイという説に疑問呈し、京都議定書批准拒否。
★パット・ブキャナン(PATRICK BUCHANAN)
1938年生まれ。政治家。ニュースキャスター。ニクソン、フォード、レーガンなどのアドヴァイザー務める。CNNの「CROSSFIRE」の初代司会者。
92年、96年の大統領選挙に共和党から立候補。目下ケーブルテレビ局で政治コメンテーター。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ヘラ鳥ウォッチング」
「A FAMILIAR VIRUS」(07/30)
「ブレイヴィク擁護者も居てはる」 ティモシー・イーガン
目まぐるしいメディア時代、この事件はアメリカの多くの粗野な過激派同様、殆ど注目されずに来ていたのだが。テロリストに虐殺されたノルウェイの子供たちの遺体は、まだ完全には処理されていない。そんな時、グレン・ベックは彼らをナチスの犠牲者と比較。
ノルウェイの労働党の子供たちが、サッカーや水泳や政治討論や講義のために集まったサマー・キャンプは「チョイとヒットラー・ユーゲントに似てやしないか?」とグレン・ベックは全米放送される自分のラジオ番組で語ったのや。
いや、ベックは68人もの殺戮を正当化しようとしているワケじゃない。ただ、自称キリスト教騎士、ブレイヴィクに処刑された若い連中の人間性にケチつけてるだけだ。しかし、「炎」なるタイトルのベックのウェブサイトは、何の罪も無い大勢の人間の殺戮を正当化するギロンでイッパイやねん。混乱したアメリカの聴衆からの反応がテンコ盛りや。
25日のサイトに、ブレイヴィクは「狂気」であるという弁護士のハナシが載せられた。それに対する最初のコメントは:「オレは彼のキモチが解る。自分の国をココロから愛しているのや。だから自分の国のブンカが、政府が導入したマルチ・ブンカによって、崩されて行くのを見てガマンならず凶行に及んだのさ」同様な書き込みは多い。「オレも同じキモチやねん。彼は《真実》を語り、それを《実行》する根性を持っていたのや」
犯行のウラにある《真実》について、パット・ブキャナンは、「アメリカ保守派サイト」にこう書いている。
「キリスト教的西欧に対し、次第に数を増し、14世紀に3回もヨーロッパに進攻したイスラム世界との間の紛争に関しては、ブレイヴィクは全く正しい」
つまり、この狂人はナニかに気付いていたのだと。
こうした見地からして、ブレイヴィクをガイジン恐怖症でカタマってしまった孤独な狂人として黙殺するワケには行かないのや。彼を狂人と呼んで片付けるのは、彼にとっても、ワレワレにとっても、ヨロシクない。イスラム、移民、そしてこの国を指導するノルウェイの議員連に対するブレイヴィクの憎悪は、平和な国に移植された、誰にも身近かなヴィールスなのやねん。
世界をオドロかせたテロリストが、イスラム過激派ではなく、青い眼、金髪の北欧人と分かった時、憎悪はスベテ外側の宗教的過激派から来るものと思い込んでいた連中は、アワテテこの事件を別の箱の中にし蔵い込んだのや。この犯行を、イデオロギーではなく、悪(EVIL)に関するものとする批評もある。
しかし、それは両方だべさ。ブレイヴィクは、テメエの暴力を、ジハードをネジ曲げた、キリスト教ヴァージョンと意味付けている。「オレは神に祈った。欧州キリスト教の保全のために闘う戦士多かれと」
オレは、太平洋側のアメリカ北西部に住んでいる。北欧の伝統の強い、政治的には進歩的地域だ。多くの欧州同様、あまり宗教的ではない。事件後、500人もの人たちが、シアトルの北欧文化博物館に押し掛けた。涙を流し、祈りながら、推し量れない状況を推し量ろうとしていた。自分の国の子供たちを撃ち殺すなんてことが、どーして出来るのか?
さよ、ヒトツの答えは、あらゆる理由を超えて、悪(EVIL)が魂を殺したのだ、と。もうヒトツは、政治的に、彼の憎悪を、より大きな物語の中に位置付けること。今週、ヨーロッパ全域の反・移民グループが出したコメントを見てご覧。ブキャナンやグレン・ベックの追従者は、殺戮を歓迎するところまでは行かないが、ブレイヴィクのテロを、政府のリベラルな政策が、そうでなくても減りつつあるヨーロッパの人口を、さらに薄めてしまう、というフラストレーションからの行動と理解している。
「オスロで起こったことは、ヨーロッパのある人々が、いかに絶望的になっているかを示しているのやで」極右団体《英語防衛連盟》のリーダー、ステファン・レノンは、共同通信社に語っている「これは時限爆弾だったのさ」と。
イタリーでは、欧州議会議員で、反・移民北部連盟に属するマリオ・ボルゲッチオが、ブレイヴィク哲学の多くの主張に、手放しの同感を表明している。「彼の理想は偉大だ、暴力を除けば」
この種の論説を無視するべきではない。それがグレン・ベックのサイトの下水道出口から流れ出たものであろうと、欧州議会議員から出たものであろうと。コーラン読むことが、なぜ自爆テロリストにツナガルのかを、正常な人々が理解するべきなのと同様に、こうした論説も検証されなければならない。
ヨーロッパやアメリカで、イスラムが、より大きな存在になるにつれて、ブンカ的紛争が西欧の大きな試練になることはマチガイない。それは戦争ではない。その戦場は議会であり、遊び場(PLAYGROUNDS)であるのや。サウディ新聞のコラムニスト、サブリア・ジョハールは言う。「ブルカ(顔隠しヴェール)を禁止することは、イスラムと非イスラムを離反させることになるわ。でも、西欧では、ブルカを着けることは単に愚かしいことなのよ」
さよ、これが西欧の伝統やねん。論議、理性、市民法が宗教的なものを打ち負かすのや。ノルウェイ首相、ストロテンバーグが、傷ついたこの国を、「さらなるデモクラシー」によって抑制して行くと主張したのは心強いかぎりやねん。
そうでなければ、ブレイヴィクと、彼の憎悪するイスラム双方が、それぞれの神の旗の下で戦争するっきゃないやんか。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ウム。ブレイヴィクはたしかドコかで、60年経ったら、自分の行動のイミが分かるだろうとノタマってた。狂気の中に真実の予言が埋められているというワケか。
この事件からワメが連想したヒトツは、市ケ谷自衛隊本部で、司令官を斬って自刃したミシマ・ユキオの例やねん。この場合は仮想敵がハッキリしない。アメリカでもないし、当時、反体制学生のターゲットだった自民党政府でもない。天皇に体現される日本ブンカの危機、つまり《文化防衛論》というのが題目だが、今から見ると、実際の政治世界からは遊離した、自分のブンガク上のイメージを屹立させるのが目的の行動だったとしか。
その前年に繰り返した、一橋や早稲田の学生との対論から見ると、1970年11月のあの日に合わせて、スベテを収斂させて行ったようにさえ思える。一般的にはその真意は測り難い。
それに較べれば、ヨーロッパがイスラムに席捲される未来、と言うのは確率の高い恐怖やろ。果たしてブレイヴィクが「予言者」になるかどうか?そんなことはドウデモイイ。
もうヒトツは、ブレイヴィクと「秋葉原事件」犯人の相似やねん。ドッチも自分のサイトの中にテメエのヴァーチャルな全人格を造出、「他者」との対話・接触による自説の検証をネグっている。これはごく今風の、メカ耽溺ニンゲンによる妄想犯罪に過ぎない、とワメは断定する、狂気の中でしか見えない未来が在るかもしれないが、という但し書き付けた上で。なんちゃってエラそーに。
★グレン・ベック(GLENN BECK)
1964年生まれ。FOX系保守派ラジオ・ホスト。テレビ・ホストも。政治評論家。作家。NYタイムズでのベストセラー6冊。
伝統的アメリカの価値観擁護者と称賛される一方、その陰謀論的言説を批判される。小さい政府論者。銃規制反対論者。地球温暖化がニンゲンの活動のセイという説に疑問呈し、京都議定書批准拒否。
★パット・ブキャナン(PATRICK BUCHANAN)
1938年生まれ。政治家。ニュースキャスター。ニクソン、フォード、レーガンなどのアドヴァイザー務める。CNNの「CROSSFIRE」の初代司会者。
92年、96年の大統領選挙に共和党から立候補。目下ケーブルテレビ局で政治コメンテーター。
「人種サベツの罰」 ― 2011/08/04 10:33
えー、コーエン君が、自分の被サベツユダヤ人としての経験から、オスロの事件を、ややナナメからコメントしてる。結論としては「イスラム恐怖症」とは「人種サベツ」だと。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ヘラ鳥ウォッチング」
「THE RACIST SCOURGE」(08/02)
「人種サベツの罰」 ロジャー・コーエン
(ロンドン・発)
オレが生まれて直ぐ、オヤジは家族を連れて英国から生まれ故郷の南アフリカに戻った。黒人医学生の大学総長になるべく。黒人は白人と隔離されて暮らさねばならない、かつてオヤジが最初にヨハネスブルグを去った一番の理由はそのことだった。
色々なトラブルがあった。オヤジは生徒たちに、責任はオレが取るからと言った。それで学内は治まった。しかし学外ではハナシが違った。オヤジは黒人学生の釈放要請に警察に行くことに大事な時間を取られた。アホな白人警官が、しばしば理由もなく黒人学生を拘束したからや。
かつてオヤジは、アフリカ人警官が、医者の資格を取る寸前の黒人女子学生を嘲っているのを聞いた。「オマエは自分を利口な学生だと思ってるんやろが。だがな、オマエなんざクロンボ(KAFFIR)に過ぎないのやで」(このコトバは現在の南アフリカでは法的告発の対象になる)
人種サベツは、アホの拠りどころだ。世界にはこうしたアホがゴマンと居てはるのや。アパルトヘイトは50年以上も生き延びた。黒人には、森のキコリか水汲みくらいが丁度イイという考え方や。同じことはアメリカでも起きた。ジム・クロウ法は100年も続いたじゃんか。
オレが生まれた最初の年は、こうした黒人学生が身近かに居た。オヤジは家族を連れて英国に帰ったが、定期的に南アフリカに戻った。オレは想い出す、はるかな地平線、肉の引き締まった黄色い桃、美しさに溢れていたぜ。そのウシロに影が潜んでいた。危険な病原菌、人種サベツの一滴を、テメエの血の中に、オレは痛い程吸い込んでいたってことさ。
こうしたことがオレを形作ったのや。南アフリカのユダヤ人は、黒人を、自分への迫害を弱めて呉れる大きな緩衝物と考えたのだよ。グロテスクな考え方だけど、何千万人の黒人の迫害で忙しければ、何万人のユダヤ人に関わっているヒマは無いということやねん。
南アフリカのユダヤ人としては、身分証明書持たない黒人が、警察のクルマの後部に投げ込まれるのを目撃するのはヘンなキモチだった。でもこれは大量殺戮ではないからと、目を逸らしたものさ。人種サベツはココロの闘いや。犠牲者は小さな恩恵にも感謝するが、終にはガマン出来なくなって立ち上がる時が来るのや。
オレは早くから南アフリカの人種サベツの毒を教えられた。母方の家族ミッシェル一家はミッシェル城と半分冗談に呼ばれるような広大な場所に住んでいた。海岸からプールからバーベキューまで、その暮らしは豪勢だった。どこかに不安を抱えながら。
幼児のオレは、黒人メイドの腕の中で、黒人に敵意など感じなかった。黒人が不潔な港の中で泳ぐのがフシギだった。白人専用の砂浜が何マイルも広がっているのに。後にオレはラゴスのディスコで、何千人の黒人の中で、たった一人の白人だったことがあった。「マイノリティ」と言うコトバを実感した。オレが一番ジャーナリズムに感謝するのは、線を超える能力やねん、例えば人種サベツとか、宗教偏見とか。南アフリカの黒人たちは、マイノリティでさえ無いのや。彼らは労力として囲い込まれるマジョリティなのやねん。
英国では、万事OKだった。オレは学校では暫らくの間「yid」と呼ばれた。オレは当時のオクスフォード英語辞典で「Jew」を調べた。
定義1:ヘブライ人の子孫;その信仰はユダヤ教。
定義2:もともとJewに付きものの態度で行動する人;統御的、強要的ニンゲン。
なるほど。
人種サベツほど、オレの血をタギらせるものは無い。ノルウェイ右翼の大量殺戮と、彼の「人種サベツ的イスラム恐怖症」に関する最近のコラムに対して、沢山の怒りのメールを貰った。イスラムは人種ではない、と主張していた。オカシなことに、怒りのメールのいくつかは、ユダヤ人からだった。彼らは忘れたようだ、人種ではなく、宗教がユダヤ人を人種サベツ主義者の迫害から救ったことを。
ヨーロッパとアメリカの、イスラムへの憎悪は政治産業として成長する。それは卑しく、危険な人種サベツなのや。オレの仲間アンドレア・エリオットのオカゲで、オレはアメリカで成功した有効な反・イスラム運動組織を知っている。「人種間の基本的なチガイは、遺伝子による」と主張するユダヤ人、デヴィッド・イェルシャルミによる組織やねん。反・イスラムの言辞を弄するヨロッパの右派こそ、欧州大陸の暗黒時代の相続人に他ならないのや。感受性の強い時期にオヤジがオレに教えてくれたことに感謝する。権力をカサに着たアホな白人警官が、前途有望な黒人の若い女性に「オマエなんざ、ただのクロンボやんか」とヌカしたハナシやねん。世界の状況は変わる。しかし下劣なアホは死ななきゃ治らないのやねん。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ウム。そーゆーことやねん。コーエン君のヴォキャブラリーは豊富過ぎて、シロートが、その論旨を正確に追って行くのはタイヘンなのだよ。とイイワケして置こう。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ヘラ鳥ウォッチング」
「THE RACIST SCOURGE」(08/02)
「人種サベツの罰」 ロジャー・コーエン
(ロンドン・発)
オレが生まれて直ぐ、オヤジは家族を連れて英国から生まれ故郷の南アフリカに戻った。黒人医学生の大学総長になるべく。黒人は白人と隔離されて暮らさねばならない、かつてオヤジが最初にヨハネスブルグを去った一番の理由はそのことだった。
色々なトラブルがあった。オヤジは生徒たちに、責任はオレが取るからと言った。それで学内は治まった。しかし学外ではハナシが違った。オヤジは黒人学生の釈放要請に警察に行くことに大事な時間を取られた。アホな白人警官が、しばしば理由もなく黒人学生を拘束したからや。
かつてオヤジは、アフリカ人警官が、医者の資格を取る寸前の黒人女子学生を嘲っているのを聞いた。「オマエは自分を利口な学生だと思ってるんやろが。だがな、オマエなんざクロンボ(KAFFIR)に過ぎないのやで」(このコトバは現在の南アフリカでは法的告発の対象になる)
人種サベツは、アホの拠りどころだ。世界にはこうしたアホがゴマンと居てはるのや。アパルトヘイトは50年以上も生き延びた。黒人には、森のキコリか水汲みくらいが丁度イイという考え方や。同じことはアメリカでも起きた。ジム・クロウ法は100年も続いたじゃんか。
オレが生まれた最初の年は、こうした黒人学生が身近かに居た。オヤジは家族を連れて英国に帰ったが、定期的に南アフリカに戻った。オレは想い出す、はるかな地平線、肉の引き締まった黄色い桃、美しさに溢れていたぜ。そのウシロに影が潜んでいた。危険な病原菌、人種サベツの一滴を、テメエの血の中に、オレは痛い程吸い込んでいたってことさ。
こうしたことがオレを形作ったのや。南アフリカのユダヤ人は、黒人を、自分への迫害を弱めて呉れる大きな緩衝物と考えたのだよ。グロテスクな考え方だけど、何千万人の黒人の迫害で忙しければ、何万人のユダヤ人に関わっているヒマは無いということやねん。
南アフリカのユダヤ人としては、身分証明書持たない黒人が、警察のクルマの後部に投げ込まれるのを目撃するのはヘンなキモチだった。でもこれは大量殺戮ではないからと、目を逸らしたものさ。人種サベツはココロの闘いや。犠牲者は小さな恩恵にも感謝するが、終にはガマン出来なくなって立ち上がる時が来るのや。
オレは早くから南アフリカの人種サベツの毒を教えられた。母方の家族ミッシェル一家はミッシェル城と半分冗談に呼ばれるような広大な場所に住んでいた。海岸からプールからバーベキューまで、その暮らしは豪勢だった。どこかに不安を抱えながら。
幼児のオレは、黒人メイドの腕の中で、黒人に敵意など感じなかった。黒人が不潔な港の中で泳ぐのがフシギだった。白人専用の砂浜が何マイルも広がっているのに。後にオレはラゴスのディスコで、何千人の黒人の中で、たった一人の白人だったことがあった。「マイノリティ」と言うコトバを実感した。オレが一番ジャーナリズムに感謝するのは、線を超える能力やねん、例えば人種サベツとか、宗教偏見とか。南アフリカの黒人たちは、マイノリティでさえ無いのや。彼らは労力として囲い込まれるマジョリティなのやねん。
英国では、万事OKだった。オレは学校では暫らくの間「yid」と呼ばれた。オレは当時のオクスフォード英語辞典で「Jew」を調べた。
定義1:ヘブライ人の子孫;その信仰はユダヤ教。
定義2:もともとJewに付きものの態度で行動する人;統御的、強要的ニンゲン。
なるほど。
人種サベツほど、オレの血をタギらせるものは無い。ノルウェイ右翼の大量殺戮と、彼の「人種サベツ的イスラム恐怖症」に関する最近のコラムに対して、沢山の怒りのメールを貰った。イスラムは人種ではない、と主張していた。オカシなことに、怒りのメールのいくつかは、ユダヤ人からだった。彼らは忘れたようだ、人種ではなく、宗教がユダヤ人を人種サベツ主義者の迫害から救ったことを。
ヨーロッパとアメリカの、イスラムへの憎悪は政治産業として成長する。それは卑しく、危険な人種サベツなのや。オレの仲間アンドレア・エリオットのオカゲで、オレはアメリカで成功した有効な反・イスラム運動組織を知っている。「人種間の基本的なチガイは、遺伝子による」と主張するユダヤ人、デヴィッド・イェルシャルミによる組織やねん。反・イスラムの言辞を弄するヨロッパの右派こそ、欧州大陸の暗黒時代の相続人に他ならないのや。感受性の強い時期にオヤジがオレに教えてくれたことに感謝する。権力をカサに着たアホな白人警官が、前途有望な黒人の若い女性に「オマエなんざ、ただのクロンボやんか」とヌカしたハナシやねん。世界の状況は変わる。しかし下劣なアホは死ななきゃ治らないのやねん。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ウム。そーゆーことやねん。コーエン君のヴォキャブラリーは豊富過ぎて、シロートが、その論旨を正確に追って行くのはタイヘンなのだよ。とイイワケして置こう。
「テロ犠牲者の中には世界各地からの避難者が居た」 ― 2011/08/04 14:33
えー、ノルウェイ・テロの長いレポート記事から、一部分だけ抽出してお伝え致す。
「IN NORWAY,TRAGEDY STARTS TO SINK IN FOR SURVIVORS」(08/03)
「テロ犠牲者の中には世界各地からの避難者が居た」
ミカエル・シュヴィルツ
(ノルウェイ・ハマール)
作戦に失敗したベテラン兵士みたいに、眠れないワカモノが十数人が、この湖畔の小さな町の水辺に集まっている。亡くした友人を偲ぶために。
7月22日の殺戮に関して、それぞれがストーリーを持っているのや。トイレに隠れた者、窓から飛び降りた者、死んだフリした者。そして69人の犠牲者の中で一番若いスマイル・ハジ・アーメドは、周辺ではイスマ・ブラウンとして知られていたダンサーだった。
この町では、ノルウェイ人と移民が密着しつつあった。ソマリアから来たアーメドは、ノルウェイ、ソマリア、ボスニア、その他方々からのの友人たちとのダンス・パーティで、レディ・ガガ風の扮装で即興的な踊りを披露した。
アーメドの仲間の多くは、移民や移民の子供たちで、彼らにとってアーメドの死はココロを抉られるものだった。彼らは世界各地から、20年の紛争を逃れ、平和な生活を求めてやって来ていたのや。アフガニスタン、ボスニア、チェチェン、イラク、コソヴォ、パレスチナなどから。
ノルウエィが強調する平等主義にも拘らず、移民者の家族は、「間接的人種サベツ」に遭っていたのや。それは、商店カウンターの店員からの、バス停留場の老婦人からの、皮膚の黒い移民者への疑わし気な眼差しだった。
32才のカリド・ハジ・アーメドは、こうした仕打ちに対し、政治を通じて対抗しようと、リベラルな労働党の地方支部に参加したのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ウム。ここには色々なケースのレポートがある。難民、移民、彼らへの同調者。ニンゲンの生態は一様ではない。それを「イスラム移民への恐怖」に収斂させて、凶行に及んだブレイヴィクの「思想」の浅薄さがコワイじゃんか。
「IN NORWAY,TRAGEDY STARTS TO SINK IN FOR SURVIVORS」(08/03)
「テロ犠牲者の中には世界各地からの避難者が居た」
ミカエル・シュヴィルツ
(ノルウェイ・ハマール)
作戦に失敗したベテラン兵士みたいに、眠れないワカモノが十数人が、この湖畔の小さな町の水辺に集まっている。亡くした友人を偲ぶために。
7月22日の殺戮に関して、それぞれがストーリーを持っているのや。トイレに隠れた者、窓から飛び降りた者、死んだフリした者。そして69人の犠牲者の中で一番若いスマイル・ハジ・アーメドは、周辺ではイスマ・ブラウンとして知られていたダンサーだった。
この町では、ノルウェイ人と移民が密着しつつあった。ソマリアから来たアーメドは、ノルウェイ、ソマリア、ボスニア、その他方々からのの友人たちとのダンス・パーティで、レディ・ガガ風の扮装で即興的な踊りを披露した。
アーメドの仲間の多くは、移民や移民の子供たちで、彼らにとってアーメドの死はココロを抉られるものだった。彼らは世界各地から、20年の紛争を逃れ、平和な生活を求めてやって来ていたのや。アフガニスタン、ボスニア、チェチェン、イラク、コソヴォ、パレスチナなどから。
ノルウエィが強調する平等主義にも拘らず、移民者の家族は、「間接的人種サベツ」に遭っていたのや。それは、商店カウンターの店員からの、バス停留場の老婦人からの、皮膚の黒い移民者への疑わし気な眼差しだった。
32才のカリド・ハジ・アーメドは、こうした仕打ちに対し、政治を通じて対抗しようと、リベラルな労働党の地方支部に参加したのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ウム。ここには色々なケースのレポートがある。難民、移民、彼らへの同調者。ニンゲンの生態は一様ではない。それを「イスラム移民への恐怖」に収斂させて、凶行に及んだブレイヴィクの「思想」の浅薄さがコワイじゃんか。
「セクス・シンボルではなく《歌手》としてのマリリン・モンロー」 ― 2011/08/08 06:29
えー、「マリリンモンロー・ノーリターン」なるノサカ・ウタを書いたくらいだから、ワメには一応、モンローへのオモイイレがある、ケネディの周辺に消されたというハナシがあるこのスターに対して。死後半世紀も経って、セクス・シンボルとしてではなく、「歌手」としての再評価が生まれて来たのはウレシイ話じゃんか。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ヘラ鳥ウォッチング」
「FORGET THE BOMBSHELL,WHAT ABOUT THE SINGER?」(08/05)
「セクス・シンボルではなく《歌手》としてのマリリン・モンロー」
ジョン・マーチーズ
(NY/発)
10代の頃、ハリー・アレンは、古い映画の中のモンローから、話しかけられたと言う。「アタシってサクスにゾッコンなの、特にテナーサクスに。《メランコリー・ベービー》の8小節を聴いただけで、ああ、もう背骨がトケちゃうのよ」
そして今、44才のアレンは、ジャズ界の大立者、世界中で演奏し、レコーディングし捲っている、テナーサクスで。モンローのコトバを引きながら、彼は言う。「サクス・プレイヤーはスベカラク、このフレーズを吹かなきゃよ。これを聴いてオレはサクス・プレイヤーになったんよ」
このウタは、1959年のドタバタ・コメディ「お熱いのがお好き」で歌われた。この映画の中でモンローは、女性ばかりのスィング・バンドの歌手の役。(女性ばかりのバンドの中には女装したジャック・レモンとトニー・カーチスが居た)モンローは、スタンダード・ナンバーを数曲歌っているのだが、アレンを含め、多くの人が、モンローの残したウタが、無視され過小評価されていると、主張する。
アレンは「お熱いのがお好き:モンローの音楽」というタイトルのホテルのショーで、自分のバンドにレベッカ・キルゴアをフィーチャーしたのや。キルゴアは「アタシにはモンローの役はとてもコナセないわ」と言った。いろいろな歌手がそれぞれの方法で、モンローをマネている。マドンナからジェームズ・フランコまで。
しかし、キルゴアの想いはチョット違うようだ。電話インタヴューで彼女は語って呉れたのや。「モンローの性格をマネするという考えを捨てたの。あれはアタシには分からないキャバレーの世界から生まれて来たもの。だからアタシは彼女の音楽に熱中することにしたの」
ショーのために、モンローのいろいろなレコーディング、映画のサウンドトラックからアルバムから編集モノまで、ベンキョーしたキルゴアは、その資料が全部で35、6曲しかないことに気付く。1948年の映画「コーラスの淑女」の中での「ANYONE CAN SEE I LOVE YOU」をスタートに、1960年の映画「LET'S MAKE LOVE」の数曲まで。この最後の作品では、モンローは、コール・ポーターの「MY HEART BELONGS TO DADDY」を、イヴ・モンタン、フランキー・ヴォーガンとのデュエットで始め、最後にはソロで歌っているのや。映画の中では、セクスアピールが歌と同じに重要なのは当然だが。
オーディオだけに集中して聴くと、モンローのパフォーマンスとは異なるナニカを発見する、とキルゴアは言う。「コトバでは説明し難いけど、とても神秘的なのよ。フツーのヒトがチョイと旨く歌っても、もう一度聴きたいとは思わないわ。でもマリリンの歌は、繰り返して聴きたくなるのよ」
ジャズ批評家でビング・クロスビーの伝記作者ゲリー・ギデインスは、モンローの音楽能力についてこう言う。「モンローは、フレッド・アスティアと同じモンダイを抱えていたのさ。ドッチも素晴らしいシンガーなのに、みんな、2流のシンガーとしてしか見ないのだよ」
ショーの中でキルゴアは、常にモノマネにならないように気を配ったと言う。「モノマネは易しいわ。でもアタシは自分に言聞かせたの。彼女のモノマネをしないようにって。ジャズ・シンガーとしての解釈で歌うようにと。
1953年、映画「紳士は金髪がお好き」の準備中、この中でモンローは「DIAMONDS ARE A GIRL'S BEST FRIEND」を歌って大ヒットしたワケだが、共演のミュージシャンに、ジャズ・シンガーを繰り返し聴くことが、歌手として成長するカギだとアドヴァイスされたと言う。
ジャズ・ピアニストで作曲家で編曲家で、モンローのヴォイス・コーチをしていたハル・シェイファーは言う。「オレは先ず、ガーシュインのナンバーを歌っているエラ・フィッツジェラルドのレコードを買い、百回聴けと命令したのや」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ウム。アステアは「素晴らしいダンサー」というイメージから、シンガーとしての評価が割引きされ、モンローは「素晴らしいセクスシンボル」というイメージから、シンガーとしての評価が割引きされたと。そうかも。もう一度、眼を閉じて、虚心坦懐にモンローの歌を聴いてみることにしようではありましぇぬか!
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ヘラ鳥ウォッチング」
「FORGET THE BOMBSHELL,WHAT ABOUT THE SINGER?」(08/05)
「セクス・シンボルではなく《歌手》としてのマリリン・モンロー」
ジョン・マーチーズ
(NY/発)
10代の頃、ハリー・アレンは、古い映画の中のモンローから、話しかけられたと言う。「アタシってサクスにゾッコンなの、特にテナーサクスに。《メランコリー・ベービー》の8小節を聴いただけで、ああ、もう背骨がトケちゃうのよ」
そして今、44才のアレンは、ジャズ界の大立者、世界中で演奏し、レコーディングし捲っている、テナーサクスで。モンローのコトバを引きながら、彼は言う。「サクス・プレイヤーはスベカラク、このフレーズを吹かなきゃよ。これを聴いてオレはサクス・プレイヤーになったんよ」
このウタは、1959年のドタバタ・コメディ「お熱いのがお好き」で歌われた。この映画の中でモンローは、女性ばかりのスィング・バンドの歌手の役。(女性ばかりのバンドの中には女装したジャック・レモンとトニー・カーチスが居た)モンローは、スタンダード・ナンバーを数曲歌っているのだが、アレンを含め、多くの人が、モンローの残したウタが、無視され過小評価されていると、主張する。
アレンは「お熱いのがお好き:モンローの音楽」というタイトルのホテルのショーで、自分のバンドにレベッカ・キルゴアをフィーチャーしたのや。キルゴアは「アタシにはモンローの役はとてもコナセないわ」と言った。いろいろな歌手がそれぞれの方法で、モンローをマネている。マドンナからジェームズ・フランコまで。
しかし、キルゴアの想いはチョット違うようだ。電話インタヴューで彼女は語って呉れたのや。「モンローの性格をマネするという考えを捨てたの。あれはアタシには分からないキャバレーの世界から生まれて来たもの。だからアタシは彼女の音楽に熱中することにしたの」
ショーのために、モンローのいろいろなレコーディング、映画のサウンドトラックからアルバムから編集モノまで、ベンキョーしたキルゴアは、その資料が全部で35、6曲しかないことに気付く。1948年の映画「コーラスの淑女」の中での「ANYONE CAN SEE I LOVE YOU」をスタートに、1960年の映画「LET'S MAKE LOVE」の数曲まで。この最後の作品では、モンローは、コール・ポーターの「MY HEART BELONGS TO DADDY」を、イヴ・モンタン、フランキー・ヴォーガンとのデュエットで始め、最後にはソロで歌っているのや。映画の中では、セクスアピールが歌と同じに重要なのは当然だが。
オーディオだけに集中して聴くと、モンローのパフォーマンスとは異なるナニカを発見する、とキルゴアは言う。「コトバでは説明し難いけど、とても神秘的なのよ。フツーのヒトがチョイと旨く歌っても、もう一度聴きたいとは思わないわ。でもマリリンの歌は、繰り返して聴きたくなるのよ」
ジャズ批評家でビング・クロスビーの伝記作者ゲリー・ギデインスは、モンローの音楽能力についてこう言う。「モンローは、フレッド・アスティアと同じモンダイを抱えていたのさ。ドッチも素晴らしいシンガーなのに、みんな、2流のシンガーとしてしか見ないのだよ」
ショーの中でキルゴアは、常にモノマネにならないように気を配ったと言う。「モノマネは易しいわ。でもアタシは自分に言聞かせたの。彼女のモノマネをしないようにって。ジャズ・シンガーとしての解釈で歌うようにと。
1953年、映画「紳士は金髪がお好き」の準備中、この中でモンローは「DIAMONDS ARE A GIRL'S BEST FRIEND」を歌って大ヒットしたワケだが、共演のミュージシャンに、ジャズ・シンガーを繰り返し聴くことが、歌手として成長するカギだとアドヴァイスされたと言う。
ジャズ・ピアニストで作曲家で編曲家で、モンローのヴォイス・コーチをしていたハル・シェイファーは言う。「オレは先ず、ガーシュインのナンバーを歌っているエラ・フィッツジェラルドのレコードを買い、百回聴けと命令したのや」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ウム。アステアは「素晴らしいダンサー」というイメージから、シンガーとしての評価が割引きされ、モンローは「素晴らしいセクスシンボル」というイメージから、シンガーとしての評価が割引きされたと。そうかも。もう一度、眼を閉じて、虚心坦懐にモンローの歌を聴いてみることにしようではありましぇぬか!
「ホンモノの福音主義者も居てはるのやで」 ― 2011/08/08 15:29
えー、パット・ロバートソンに代表される、ウサンクサイ福音主義者ではない、ホンモノの福音主義者が居ることを、クリストフ君が強調している。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「EVANGELICALS WITHOUT BLOWHARDS」(08/01)
「ホンモノの福音主義者も居てはるのやで」 ニコラス・D・クリストフ
スベテ分極化した現代、リベラル派が毛嫌いするコトバは「福音主義キリスト教」やろ。それはこの25年間、福音主義が、ジェリー・ファーウェルやパット・ロバートソンみたいなホラ吹き牧師どものお説教とシッカリ結びついてしまったからや。
この二人がテレビで、あの9/11テロは、フェミニストやゲイや無信仰者を神が罰するためだったとホザイたのや。神は彼らの中傷を訴えるべきやんか。早くから、ファーウェルは、エイズは「性の乱脈に対する神の審判」だとワメいてた。こうした信仰上のヒトリヨガリが、エイズのヴィールスを広くバラ撒く結果になったのや。
こうしたヒトリヨガリのセイで、福音主義全体が、進歩主義者の間で反動的、近視的、反知性的、終には不道徳、との汚名を着せられてしまうのだよ。これはタイヘンに不公平なことやんか。世界的貧窮や正義の問題にマジメに従事している何千万の人々にとって。
マジメで情熱的な福音主義は、温和な英国の学者であるジョン・ストット師によって、力強く形造られたのや。彼のキリスト教へのインパクトは、ファーウェルやロバートソンのようなメディア・スターなど足元にも及ばないのやで。数日前、90才で他界したストット師は、TIME誌の、最も影響力のある世界の100人にも選ばれて居り、時としては世界の福音主義の法皇とも呼ばれる存在なのやねん。
ストット師は、テレビでド派手な説教などはしなかった。50冊もの本を書いて、イエスの生涯を見習え、特に迫害と貧窮への関心を持て、人種サベツや環境汚染などの社会悪に立ち向かえと諭し続けたツツマシイ学者やねん。
多くの福音信者が、テレビ福音主義者の大法螺に怯む中で、ストット師は、知性的精神的指導者だったのや。ジェノサイドから気候変動まで、あるゆる事に英雄的に戦っている「新・福音主義パートナーシップ」の会長リチャード・シジックは、オレに語った。「インチキで反知性的なヤツラに対抗しているワレワレの運動を、ストット師は援助し、アナタ方こそ《福音信者》なのだから、弁明する必要は無いと言ってくれた」
社会正義を追及している「逗留者」(SOJOURNERS)と呼ばれるキリスト教組織のリーダー、ジム・ウォリス師は、「ジョン・ストット師こそ、福音主義の一番重要なリーダーだ」と語った。ストット師は、ケンブリッジの輝かしい学徒であり、信仰と知性は矛盾しないことを実証したのやねん。
何世紀か前には、宗教研究は厳しい規律を課せられていた。その一方で誰もが科学者と名乗って例えば錬金術を商売にした。今はその逆。化学者の学位を取るのはタイヘンだが、ヘブライ語もギリシャ語も出来ない説教者がテレビで聖書を語るのやねん。こうした自称福音主義リーダー連は偽善者で、イエスに倣うどころか、イエスを金儲けの手段にしてるのや。
しかし、貧窮や病気や抑圧のレポートの中に、オレは沢山のホンモノの福音主義者を見るのやねん。彼らは収入の10%をチャリティに寄付している。さらに、国内で海外で、飢餓、マラリア、刑務所でのレイプ、子宮瘻管、人身売買、ジェノサイド、などに対して第一線で闘っている。こうした福音主義クリスチャン(保守派カトリックも同様に)こそ、ホントの信仰者やんけ。
オレは特別に宗教的ニンゲンじゃない。でも、こうした献身的な人々を見るにつけ、NYのカクテル・パーティなどで、信仰を騙る連中に反吐が出るのやねん。どうしてこんなコトになるのか?宗教的ニンゲンも世俗的ニンゲンも同様に、人道的モンダイに対して努力している。でも、お互いを疑っているために、一緒に行動しようとしないのや。もし、この「神の割れ目」に橋を架けられれば、ワレワレは世界のビョーキに対して、もっと大きく前進出来る筈やんか。それこそ、神の恩寵やねん。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ウム。クリストフ君は、以前からシツコク、テレビにノサばる福音主義エセ説教者や、インチキな「キリスト再来」小説で金儲けする小説家にケンカ吹っかけたりして来た。小ブッシュの再選時に大きく貢献した「福音主義」グループは、確かにアメリカのヒトツの癌やろ。コワイのは、こうしたグループが、教会だけでなく、大きなマートなどを生活基盤としていて、きわめて無意識過剰に、メディアを利用するエセ説教者の言説に、集団として動いてしまうことやねん。ワメも「LEFT BEHIND」とかいう続き物の小説をチョイと読んでみたが、あまりの荒唐無稽さにアキレましてん。こんなものが何千万部も売れるというのは、相当にインテリジェンスが低くなければ起り得ないこと。FOXメディアとパラレルなこの構図が、やはり共和党の底流として、オバマ支持のリベラルを抑え込んでいるように見えるのやねん。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「EVANGELICALS WITHOUT BLOWHARDS」(08/01)
「ホンモノの福音主義者も居てはるのやで」 ニコラス・D・クリストフ
スベテ分極化した現代、リベラル派が毛嫌いするコトバは「福音主義キリスト教」やろ。それはこの25年間、福音主義が、ジェリー・ファーウェルやパット・ロバートソンみたいなホラ吹き牧師どものお説教とシッカリ結びついてしまったからや。
この二人がテレビで、あの9/11テロは、フェミニストやゲイや無信仰者を神が罰するためだったとホザイたのや。神は彼らの中傷を訴えるべきやんか。早くから、ファーウェルは、エイズは「性の乱脈に対する神の審判」だとワメいてた。こうした信仰上のヒトリヨガリが、エイズのヴィールスを広くバラ撒く結果になったのや。
こうしたヒトリヨガリのセイで、福音主義全体が、進歩主義者の間で反動的、近視的、反知性的、終には不道徳、との汚名を着せられてしまうのだよ。これはタイヘンに不公平なことやんか。世界的貧窮や正義の問題にマジメに従事している何千万の人々にとって。
マジメで情熱的な福音主義は、温和な英国の学者であるジョン・ストット師によって、力強く形造られたのや。彼のキリスト教へのインパクトは、ファーウェルやロバートソンのようなメディア・スターなど足元にも及ばないのやで。数日前、90才で他界したストット師は、TIME誌の、最も影響力のある世界の100人にも選ばれて居り、時としては世界の福音主義の法皇とも呼ばれる存在なのやねん。
ストット師は、テレビでド派手な説教などはしなかった。50冊もの本を書いて、イエスの生涯を見習え、特に迫害と貧窮への関心を持て、人種サベツや環境汚染などの社会悪に立ち向かえと諭し続けたツツマシイ学者やねん。
多くの福音信者が、テレビ福音主義者の大法螺に怯む中で、ストット師は、知性的精神的指導者だったのや。ジェノサイドから気候変動まで、あるゆる事に英雄的に戦っている「新・福音主義パートナーシップ」の会長リチャード・シジックは、オレに語った。「インチキで反知性的なヤツラに対抗しているワレワレの運動を、ストット師は援助し、アナタ方こそ《福音信者》なのだから、弁明する必要は無いと言ってくれた」
社会正義を追及している「逗留者」(SOJOURNERS)と呼ばれるキリスト教組織のリーダー、ジム・ウォリス師は、「ジョン・ストット師こそ、福音主義の一番重要なリーダーだ」と語った。ストット師は、ケンブリッジの輝かしい学徒であり、信仰と知性は矛盾しないことを実証したのやねん。
何世紀か前には、宗教研究は厳しい規律を課せられていた。その一方で誰もが科学者と名乗って例えば錬金術を商売にした。今はその逆。化学者の学位を取るのはタイヘンだが、ヘブライ語もギリシャ語も出来ない説教者がテレビで聖書を語るのやねん。こうした自称福音主義リーダー連は偽善者で、イエスに倣うどころか、イエスを金儲けの手段にしてるのや。
しかし、貧窮や病気や抑圧のレポートの中に、オレは沢山のホンモノの福音主義者を見るのやねん。彼らは収入の10%をチャリティに寄付している。さらに、国内で海外で、飢餓、マラリア、刑務所でのレイプ、子宮瘻管、人身売買、ジェノサイド、などに対して第一線で闘っている。こうした福音主義クリスチャン(保守派カトリックも同様に)こそ、ホントの信仰者やんけ。
オレは特別に宗教的ニンゲンじゃない。でも、こうした献身的な人々を見るにつけ、NYのカクテル・パーティなどで、信仰を騙る連中に反吐が出るのやねん。どうしてこんなコトになるのか?宗教的ニンゲンも世俗的ニンゲンも同様に、人道的モンダイに対して努力している。でも、お互いを疑っているために、一緒に行動しようとしないのや。もし、この「神の割れ目」に橋を架けられれば、ワレワレは世界のビョーキに対して、もっと大きく前進出来る筈やんか。それこそ、神の恩寵やねん。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ウム。クリストフ君は、以前からシツコク、テレビにノサばる福音主義エセ説教者や、インチキな「キリスト再来」小説で金儲けする小説家にケンカ吹っかけたりして来た。小ブッシュの再選時に大きく貢献した「福音主義」グループは、確かにアメリカのヒトツの癌やろ。コワイのは、こうしたグループが、教会だけでなく、大きなマートなどを生活基盤としていて、きわめて無意識過剰に、メディアを利用するエセ説教者の言説に、集団として動いてしまうことやねん。ワメも「LEFT BEHIND」とかいう続き物の小説をチョイと読んでみたが、あまりの荒唐無稽さにアキレましてん。こんなものが何千万部も売れるというのは、相当にインテリジェンスが低くなければ起り得ないこと。FOXメディアとパラレルなこの構図が、やはり共和党の底流として、オバマ支持のリベラルを抑え込んでいるように見えるのやねん。
最近のコメント